アルファの戦士はオメガにされて愛される~オメガバース・ギリシャ神話~

壱度木里乃(イッチー☆ドッキリーノ)

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第5章 冥府の王妃ペルセフォネ

5 竪琴を弾く美形

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 トゥララ・ラ・トゥララララ~…トゥララ・ラ・トゥララララ~…トゥララ・ラ・トゥララララ~……

 鮮やかに楽器を奏でる音にも歓迎するように出迎えられて、結界の外へと抜け出したことを認識した。

(オルフェウス…)

 大木の幹を背に片膝を立てた状態で地に座り、大型の魔獣ヒッポスホースの前で竪琴リラを指先で弾いているその姿は。
 耳をくすぐる音色とともにとてつもなく美しい。
 おそらくは風に宿る精も地に宿る精も木々の精も池の精も、それこそ全ての居合わせた霊たちが姿を現してはいないものの聞き入っているに違いないと魅入った。

「どうやら連れ出せたようだな」

 顔を上げ、こちらの気配に気がついた天賦の楽師があっさりと演奏を辞めて立ち上がる。
 その、あたかも天才絵師が描いた絵画の中から出てくるが如く優美な姿を前に残念な気持ちが湧いて仕方がない。
 いつだって短い時間でしか披露してくれないのだ。

(もう少し弾いてくれたっていいのに…)

 天上界の音楽と称しても過言ではないのでは――そう感じられる弾奏に何度続演を望んだことか。
 今度勇気を出してねだってみようかと思いながら近づいていくと、獣車の中に竪琴をしまった美形がスッと瞳を細めた。

「ずいぶんと分不相応の願い出をしたようだな」

 冷ややかな口調と視線は腕の中の小さな聖獣に注がれている。
 ビクッと童子を模した羊が腕の中で跳ね上がった。

(なんだ…?)

 ギュッとこちらの胸元クライナを掴んでブルブル、ブルブルと小刻みに身を震わしている。
 明らかにオルフェウスを怖れているのだ。
 一体どうしてなのか。
 本来ならば、美しいと見惚れてもおかしくない美貌だというのに、額を胸に擦りつけてる様は目が合うことを確実に避けている。

「ソレは私が運ぼう」
「いや、ちょっと待って…」

 当たり前のように差し出された手を身を捻ることでかわした。

「気持ちはありがたいけど、オレがその…抱いて運ぶ約束をしたんだ」
「抱いて運ぶ約束?」
「そうなんだ…えっと…つまり、オレがこのまま運んで…冥府の王妃に手渡してくれるなら、素直に従うって言われて…それで…約束を…」

 よくよく考えれば、相談を全くせずに独断で取り決めてしまったのだ。
 まずかったかなと顔色を窺う。
 それも地面に咲いていた小さな花なんかに誓って、お遊び感覚でしたのかなどと追及されてもいたたまれない。
 詳細を伝えることはあえて避けた。
 すると目の前の美麗な唇が、こざかしい真似を…と不機嫌この上ない声で言葉を発した。

「えっ…と…わ、悪かった…勝手なことをして…」

 ここまで不快さを露わにされるとはと。
 慌てて謝罪した。
 怒気を感じ取って、いっそう激しく震え始めた、腕の中の小さな背中をポンポンとあやすようにしながら、ほんと、ごめん…と再度謝る。

「これからはちゃんと…気をつけるからさ…」

 やはり案内人であるオルフェウスをないがしろにするようなことはしてはいけないのだ。
 オルフェウスからすれば、身元引受人のような感覚もあるのだろう。
 その保護観察対象者でもある自分に予想外の振る舞いをされて気を悪くしたに違いない。
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