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第5章 冥府の王妃ペルセフォネ
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見返してくる横長の楕円形の黒目はひどく真剣な色味を帯びていて、決してふざけているわけではない。
『ヘラさまはアルテミスさまが嫌いなんだ…だから逃げたぼくを捕まえて、アルテミスさまに死骸を見せびらかしたいんだ…優越感に浸りたいんだよ』
続いて聞かされた言葉に、高位の者同士の関係性についてはよくわからないものの、なんとなく背景を察する。
オルフェウスからも、黄金の羊はヘラや他の多くの者から執拗に狙われていると事前に聞かされていた。
命の危険を感じていて当然だろう。
『アルテミスさまだって、足抜けしたぼくを見せしめに殺すかもしれないし…』
(なるほど…)
自尊心が高いとされる神族のことだ。
脱走の罰に処刑する可能性も確かにあるだろうと感じた。
『ハデスさまはね、自身が有利になるように常にコマを動かす方だから…取引材料としてどちらにぼくを渡すか、最後の最後までその心は読めないんだ…けどね…』
自身の行く末の不安を拭うように、ペロペロと前足を舐めながら話していた羊が顔を上げた。
『ペルセフォネさまは他の神族とは全然違うんだ…あの方はすごく優しいし、そして決して裏切らないんだ』
キラキラと全幅の信頼を放つ瞳に、どうしてそんなことがわかるんだと尋ねた。
『なにを言ってるんだよ、ぼくらの憧れじゃないか~、豊穣の神族デメテルさまの血を引く、地上に春の喜びをもたらす気高きお方なんだ。ペルセフォネさまだったら、ぼくの面倒を最後まで見てくれるからね~』
(地上に春の喜びをもたらす…気高きお方…)
そうかと相づちを打ちながら、聞かされた内容を胸の内で繰り返した。
どうやら会ったことはなさそうだ。
そんな又聞きで知る程度の相手を信じきってしまっていいのかという疑念が即座に湧く。
それとも幻獣ならではの異能で何かを察知しているのか。
だが、元々が与えられた任務をこなすだけの身に横やりを入れる資格などないのだ。
意見は口にすべきではないだろう。
それに…と思い至って口を開いた。
「事情はなんとなくわかったけれど、そもそもオレは…なんて言うのか、要するに雇用された身分にすぎない。だから、この手に抱いて移動はできても冥府の王妃に手渡しするなど…」
無理だ、会えるわけがないと続けようとして遮られた。
『あっ、その心配はいらないよ~、ディケさんが望めば王妃は必ず会ってくれるから~』
「いや、それはさすがに…」
こちらは恩赦の特例を申請中の囚人なのだ。
身分が違いすぎる。
あり得ないと告げようとするとスクッと羊が立ち上がり、トコトコと歩き始める。
少し離れた場所に咲いている花の茎をパキッと口で折って咥えると戻ってきた。
『この水仙に誓って欲しいんだ…黄金の羊トリトスを冥府の王妃ペルセフォネに手渡しするまで腕に抱いて必ず守ると…そうしてくれたら、ぼくはちゃんと従うよ』
『ヘラさまはアルテミスさまが嫌いなんだ…だから逃げたぼくを捕まえて、アルテミスさまに死骸を見せびらかしたいんだ…優越感に浸りたいんだよ』
続いて聞かされた言葉に、高位の者同士の関係性についてはよくわからないものの、なんとなく背景を察する。
オルフェウスからも、黄金の羊はヘラや他の多くの者から執拗に狙われていると事前に聞かされていた。
命の危険を感じていて当然だろう。
『アルテミスさまだって、足抜けしたぼくを見せしめに殺すかもしれないし…』
(なるほど…)
自尊心が高いとされる神族のことだ。
脱走の罰に処刑する可能性も確かにあるだろうと感じた。
『ハデスさまはね、自身が有利になるように常にコマを動かす方だから…取引材料としてどちらにぼくを渡すか、最後の最後までその心は読めないんだ…けどね…』
自身の行く末の不安を拭うように、ペロペロと前足を舐めながら話していた羊が顔を上げた。
『ペルセフォネさまは他の神族とは全然違うんだ…あの方はすごく優しいし、そして決して裏切らないんだ』
キラキラと全幅の信頼を放つ瞳に、どうしてそんなことがわかるんだと尋ねた。
『なにを言ってるんだよ、ぼくらの憧れじゃないか~、豊穣の神族デメテルさまの血を引く、地上に春の喜びをもたらす気高きお方なんだ。ペルセフォネさまだったら、ぼくの面倒を最後まで見てくれるからね~』
(地上に春の喜びをもたらす…気高きお方…)
そうかと相づちを打ちながら、聞かされた内容を胸の内で繰り返した。
どうやら会ったことはなさそうだ。
そんな又聞きで知る程度の相手を信じきってしまっていいのかという疑念が即座に湧く。
それとも幻獣ならではの異能で何かを察知しているのか。
だが、元々が与えられた任務をこなすだけの身に横やりを入れる資格などないのだ。
意見は口にすべきではないだろう。
それに…と思い至って口を開いた。
「事情はなんとなくわかったけれど、そもそもオレは…なんて言うのか、要するに雇用された身分にすぎない。だから、この手に抱いて移動はできても冥府の王妃に手渡しするなど…」
無理だ、会えるわけがないと続けようとして遮られた。
『あっ、その心配はいらないよ~、ディケさんが望めば王妃は必ず会ってくれるから~』
「いや、それはさすがに…」
こちらは恩赦の特例を申請中の囚人なのだ。
身分が違いすぎる。
あり得ないと告げようとするとスクッと羊が立ち上がり、トコトコと歩き始める。
少し離れた場所に咲いている花の茎をパキッと口で折って咥えると戻ってきた。
『この水仙に誓って欲しいんだ…黄金の羊トリトスを冥府の王妃ペルセフォネに手渡しするまで腕に抱いて必ず守ると…そうしてくれたら、ぼくはちゃんと従うよ』
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