アルファの戦士はオメガにされて愛される~オメガバース・ギリシャ神話~

壱度木里乃(イッチー☆ドッキリーノ)

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第4章 ケリュネイア山の黄金の羊

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 おそらくそういった光景をかつて目にしたことがあって、その際に憤りを覚えたのではないだろうか。
 それらの怒りにも似た嫌悪感や無力感のような感覚が失われた記憶の底にくすぶり続けていて、夢という形で現れたのではないだろうか。

「どうした?」

 覗きこんできた青灰色の瞳にハッと我を取り戻した。

「心配事があるなら、私に言え」

(オルフェウス…)

 頬にかかっていた髪を柔らかく掻き上げられて、どうしてこれほどまでに麗しい男がこんなにも優しいのかと不思議に思う。
 きれいだと瞳に魅入りながら想いを寄せた。

(オレのことが本当に好きなのか…)

 一目惚れだなんて言われてもやはり信じられないでいた。
 とはいえ、からかわれているとも思えなくて。
 どこまで本気なのかとずっと疑念を抱きながら向き合う時間が続いている。
 好きか嫌いかと言われればもちろん好きだ。
 惹かれない人間などいないだろう。
 けれども――

(なにかが…なにかが…)

 常に何かが引っかかっている。
 足掻いたところで浮き草のように記憶のない身なのだから、オルフェウスと恋仲になって、このまま新しい人生へと歩み始めればいいじゃないかと。
 美形のアルファに好かれているのだ、元囚人の身でこの上ない幸運じゃないかと。
 この男の求愛を受け入れればいいと。
 嬉々として、その一歩を踏み出せない理由は何なんだろうか。
 出会ったばかりだからなのか。
 よく知りもしない相手に気を許すことなどできないといった、無自覚な貞操観念でもあって抑止をかけているのだろうか。
 もしくはベータと言えども一応は雄性を持った者としての矜持が、抱かれる側になる抵抗感でももたらせているのだろうか。
 それとも――?

「ディケ…」

 心ここにあらずの状態で見つめていた相手の美しい顔が伏し目がちとなって近づいてくる。
 わずかに傾けて口元へと狙いを定めるような、その動きに意識がまたしても現実へと引き戻された。

「ま、待ってくれっ」
「こわがらなくていい…気を分けるだけだ」

 気を分けるために口づけをするだなんて、そんなのは詭弁だと反論する隙もない。
 咄嗟に横を向いた顔の耳朶に唇を寄せられてカッと熱が走り抜けた。

「オ、オルフェウスッ」
「少しずつだ…少しずつでいい」

 何が少しずつだと。
 昨晩もそんな風に口にされたが、密着されている状態でもう充分だ。
 そう訴えたいというのにままならない。
 あごを指先に捕らえられ、微笑みながら見下ろしてきた美貌に息をのんだ。
 美しい、と同時に手慣れていると感じ取った。

「だ、だめだって…まだ…」

 両手で逞しい胸を押し戻して視線を下げながら弱々しく告げた。

(まだ…って…)

 なんだよ、それ…と自らの発した言葉に猛烈に恥ずかしくなる。
 昨日の夜から何を口走っているのか。
 これではもったいつけているようではないかと顔が熱い。
 いや顔だけじゃない、全身が熱くてたまらない。

「私の気持ちは伝わっているな?」
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