アルファの戦士はオメガにされて愛される~オメガバース・ギリシャ神話~

壱度木里乃(イッチー☆ドッキリーノ)

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第2章 美貌の案内人オルフェウス

3 君の名は?

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「あんた…だ、誰なんだ…」

 しばらく逞しい両腕に抱かれたまま、鳥がさえずる森の中をただ無言で運ばれるだけの時間が流れていく。
 ややあって男が口を開いた。

「オルフェウスだ…オルフェとでも呼んでくれ」
「オルフェウス…オルフェ…」

 告げられた呼び名を反射的に繰り返しながら、聞いたことがないかと自身の胸に探りを入れる。
 だが全く思いつかない。
 確かに自分には記憶がないんだなと認識を深めながら、どこか品の良さを感じさせる口調の、その男に相応しい名前だとも違うとも感じられて妙な感覚に囚われた。

「…君の名は?」
「オレか…オレは…その……」

 やや躊躇った後に、エウリュディケだと納得していない名を告げた。

「そうか…では、ディケと呼ぼう」
「えっ…」
「それともエウリュの方がいいか?」
「いや…別に…それで…ディケで…いい…けど…」

 エウリュディケよりもエウリュよりもまだディケの方がしっくりとはくる。
 けれども、いきなり愛称で呼び合う仲になるのかと疑問を持たずにはいられない。
 つまり、それって…と掘り下げて、ふと腑に落ちた。
 男は自分との継続する交流を前提にしているのだ。
 たまたま出会ったということではないのだ。

「冥界の者がいろいろと説明をするはずだったというのに…なにをやっているんだか」

 続いて聞かされた言葉に間違いないと合点した。
 この男は自分の境遇を理解しているのだ。
 この男に聞けば何かしらの情報が得られるのだ。
 自ずと期待が湧き上がる。
 だが、まずは小さな獣人たちの名誉が先だと訂正した。

「いや、オレが勝手にその…壁に掛かっていた…鏡?に触ったんだ。
 だから怠慢とかではなくて…その…彼らは説明をしようとはしていたんだ」
「そうか…そういうことか」
「そ、それよりもさ…あ、あんたは…オレのなにを…知っているんだ?」
「……」
「あんたは一体…何者なんだ?」

 教えて欲しいと視線で強く訴えると、お前の案内役だと告げられた。

「案内役? なにを案内するんだ?」
「雇い主はハデスだ。ハデスの依頼を受けた」
「ハデスの依頼? なんだ、それは」
「その前に…まずはレテだ」

 レテという響きとサクサクサクッと砂地にでも足を踏み入れているかのような音にハッと周りを見渡した。
 いつの間にか、気を取られている間に森林を抜けていて開けた緑地を歩んでいる。
 男の見据える視線の先、前方には泉のように水が溜まっている場所が見えてきて。
 その水面の遙か遠くにはユラユラと揺れる蜃気楼のような光景が漂っていた。

(あれは…)

 先ほどの白の神殿かと思い至ってすぐさま下へと視線を落とせば、チャプン、チャプン、チャプンと水が打ち寄せている。
 そうなるとこの流れはレテの河に通じているのだろう。
 もしかしてレテそのものなのか…と首を傾げていると男が迷うことなく河の中へと入っていく。
 足下の透明な水底に石段が見えてきた。
 その階段を一歩また一歩と降り始めた。
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