騙されて異世界へ

だんご

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35 昨日の今日

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 今日も薬草採取だ。
 キナコに教えて行くから、調度良いと思うが。
 せめて抱っこ紐が欲しい所。
 先に雑貨屋に寄る為、商店区画に向かう。
 が。
 朝も早い所で、店が開いているか分からないと言う事に気付いた。
 店が目視出来る所まで来て、だ。

 「店が開くまで待つのも違うよな?」

 「にゃ?」

 小首をかしげるキナコ。
 頭の上にいるから見えないが、多分可愛い。
 いや、絶対に可愛い。 
 視界を2画面にして貰いたいほどだ。

 「どうしたもんかなぁ?」  

 「にゃ?」
 
 はい、可愛い。
 可愛い過ぎて、スーハーしたくなってきたわ。
 駄目だ。
 落ち着くんだ、俺。
 道の真ん中でスーハーしたら、完全に不審者だ。
 お縄になったら、キナコが途方に暮れちまう。 
 それだけは、絶対に駄目だ。

 「おい!そこの不審者!」

 「まだ吸ってねぇのにかっ?!」

 振り向くとビルがいた。

 「やべぇモン吸おうなんざ、犯罪者か……」

 「違ぇよっ!猫吸いする衝動にあらがってたんだよっ!」

 「……ただの変態か」
 
 「違う!猫至上主義者だ!キナコの香りは最高だ!」

 「……只者じゃねぇ変態だな」

 何か格上の変態になった。

 「それよりも、またいきなり不審者発言かよ」

 昨日から引き続き不審者扱いされて、心外なんだが?
 しかも、結構蹴落とされてた様な気がするぞ?

 「朝も早よから、道のド真ん中で両手でワキワキしている人間は、不審者扱いして問題無いと思うぞ?」

 「うっ……」

 湧き上がる欲望と衝動を抑えた結果が、不審者。
 それなら、大人しく猫吸いをしての方が、まだマシだった……のか?

 「まぁ変態は置いておくとして、朝からどうして商店区画こっちに来たんだ?門ならあっちだろ?」

 普通に置いておかれた。
 やっぱり、大した事じゃないじゃないか。
 驚かせんなよ。

 「おう。昨日頼んでたもんを貰うつもりだったんだが、朝早いって事に気付いてどうしたもんかって思ってよ?」

 「……昨日」

 「おう。昨日だ」

 「……頼んだ」

 「おう。奥さんに頼んだ、抱っこ紐だ。なんかなぁ……昨日受け取れるはずだったんだがなぁ」

 「……」

 おっ。
 ビルが茹で上がってきたな。
 帰りにギルドでからかうつもりだったが、巻いてきたな。

 「あっ……アレだ。あの後は?ん?」

 「お前っ?! あの後はっ‼ 後はっ‼」
 
 頭部全体から湯気が出そうだぞ?
 ……ほうほう。独り身には辛い話になりそうだけど、ニヤニヤ顔をキープ。
 普段のビルが崩れる様をしっかり堪能してやるさ。

 「ん?どうした?ビル?後は?後はど~なった?」

 「っっっっ?!」

 更に全身までもが茹で上がったな。
 人体発火とかしちゃう系か?
 そろそろマズいか。

 「ちょっとっ‼ 朝っぱらから、何騒いでんだいっ‼って、あんたかい」

 「すまんな。ちょっとビルをからかっちまった」

 「まったく……あんまりイジメないでおくれよ?」

 「なっ?!」

 「いや、そうだな。悪かったよ、ビル」

 「なっ?!」

 翻弄されるビル。 
 中々楽しい図が出来上ってしまった。
 やべぇ。
 かなり面白い。
 癖になりそうだ。

 「昨日の受け取るつもりで来たんだが、朝早いってスッカリ頭から抜けててな?そこにビルが来たんだ」

 変態のくだりは、カットします。
 コミュニケーションはスムーズに。
 円滑に物事を進める為には、要らない情報はカットです。

 「そうだったのかい。いや、昨日も出来上ってたんだけどね?色々あって……ふふっ」

 奥さんがチラリとビルを見た瞬間、瞬時に人体発火手前になった。
 良い1日を過ごしたようで……ナニヨリ デス。
 ビルに生暖かい目を向けておく事に留めてやる。
 感謝しろよ?
 
 「持ってくかい?一応、合わせてからさ」

 「頼めるか?」

 「いいよ。しっかり着けて、宣伝しておくれよ」

 「おう。任せとけ!」

 真っ赤になって硬直したビルを置いたまま、早速店内で装着する。
 ジャストフィットだ。
 キナコにも試して貰うと、中々居心地が良いらしい。
 抱っこ紐からよじ登り頭へ、頭から抱っこ紐へ……と往復の練習まで始めてしまった。
 ……気に入ったなら、それでいいよ。
 うちの子、可愛い。

 「2人共に気に入ったみたいだね。2人?まぁ2人でいいね。あっ!そうそう。これサービスに付けとくよ。結構使い勝手がいいからね。多分」

 オマケの巾着を貰った。
 結構大き目なんだが? 
 多分って、在庫処分じゃないのか?
 ……ビルの奥さん……いい性格してんな。

 「おう。ありがとう。そう言えば、名前言ってなかったな。俺はソブル。こっちはキナコ。ビルには世話んなってんだ」

 「あの人から大体聞いたよ。ソブルにキナコちゃんだね。あたしはライザ。あの人の連れ合いさ。これからも、何か面白い事思いついたらウチに来るといいよ。飯の種なら大歓迎さ!」

 「お……おう。宜しく頼む……」

 いい性格してるよ、ホント。
 
 店を後にして、まだ固まっていたビルを覚醒させた。
 これから出勤だったそうだ。
 途中まで一緒に歩く。

 ポツリポツリとビルが話し出した。

 「今までな、嫁さんとあんまり話して来なかったんだよ……」

 え~……唐突な悩み相談的な惚気か?
 ……キナコ成分大量に必要になるじゃないの。

 「俺ぁ、あんまり喋る方でも無かったからな?……嫁さん、結構我慢してたみたいでな……」

 「……そんなんで良く結婚できたな?」

 「親同士の勧めでな?珍しくないだろ?」 

 「なるほどな……羨ましい」

 「「……」」

 やはり自慢なのか?惚気になるのか?

 「だから、お互いにどうとか、なくてだな……それで、その……」

 「ほ~ん……そんで?俺きっかけか?」

 ブワッと茹でダコ再びだ。
 すげぇな。
 茹で上がりが目茶苦茶早えじゃねぇか。

 「そ、そうだ。お前のお陰で、持ち直した……」

 「持ち直したって……」

 「危なく、捨てられる所だった……」

 「お……おう……」

 本当にヤバかったのか?
 いや、多分奥さんの恨み節だろうな。
 本気でそうは思って無かっただろうさ。

 「だからな、その、ソブル」

 「何だよ…改まって」

 「本当に、ありがとう!」

 ビルがこちらを向いて、深々と頭を下げた。

 「ちょ、ちょっと、ビル?ビルさん?道のド真ん中で、そんな事止めてもらえんか?ほら、ガッツリ人が見てるだろっ?! 止めて」

 「いや、そんなんじゃ、俺の気が済まねぇ!」

 「えっ?! ちょ、ちょっと?! 何か、他の誤解が発生しそうだからなっ?! 本気で止めて?! 」

 何か、止めて?! ホントにっ‼
 ほら、道行く人達が、ヒソヒソしながら足早に去って行くんだけど?!
 止めて?!

 「わかったっ!わかったからっ!もう頭、上げてくれよっ!」
 
 「おう。本当に感謝してるよ」

 「もう、わかったよ……何か、薬草採取前にガッツリ疲れたわ……」
 
 「いや、すまんな。気を付けて行ってくれや」

 「はぁ……おぅ、また後にな」

 ビルと別れて門をくぐり抜け、本日の予定場所に向かう。
 どっと疲れた……
 まぁ、知ってる人間が良い方に向かうなら、それは喜ばしい事だ。
 疲れた分、素直に喜んでやるには癪に障るがな?

 「くるる。にゃん」

 「そうだな。気を引き締めて行こう」

 「にゃん!」

 「ありがとう。キナコ」

 「にゃん!」

 よし。
 切り替えて行こう。
 キナコ大事に!命大事に!
 本日の採取、開始だ!

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