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日乃本 義に手を出すな 番外篇
番外篇 参 修羅場 伍
しおりを挟む「ひゃはははは‼︎
それで、柾彦は鷹輪駅と鷹輪ゲイトウェイ駅を間違えてしまって……っ、徒歩、二十分も掛けて階川迎賓館まで行った訳だね?」
「…………うるさい。大声出すと目立つぞ」
井伊田橋方面に向かうために千代多線のホームで電車を待つ間、柾彦は先程、電車と聞いてウッとなった理由について日乃本 義に話した。……その結果がこの有様である。
どうやら日乃本 義は大笑いすると『ひゃはは』という声をあげるようだ。小馬鹿にされているようで実に気分が悪い。
「似たような名前の駅が多すぎんだよ。かと思えば、同じ場所にあるのに乗り換え先が違う駅名になっている所があったりして……東喬には田舎者を目的地に到着させない為の包囲網でも敷かれてんのか?」
「柾彦が電車音痴なだけでしょ」
電車音痴という言葉に反応して柾彦が日乃本 義を睨むと、「わ、その顔そそるね♡」と言って特殊なレンズで小さくなった目をさらに細め、優越感でひたひたの笑みを向けてきた。
「柾彦、そんなに電車が苦手なのに、アプリを使ってないのかい?」
「アプリ?」
柾彦が訊き返すと、日乃本 義が自らのダークレッドカラーのスマートフォンを取り出して『乗換案内』と書かれたアプリを開いた。
「これ。例えば上に日比屋、下に井伊田橋と入力すると…」
日乃本 義が慣れた手つきで操作をしていくと、所要時間順に複数の経路がずらりと表示された。
「ね」
「……こんなん、あるんだな」
「入れてあげるよ、貸して」
言われるがままにスマートフォンを手渡しそうになったが、柾彦はハッと気が付くとその手を引っ込めた。
「お前、アプリのダウンロードにかこつけてIDとパスワードを聞き出すつもりだろ。そうはいかないぞ」
「そんなつもりはないよ。
……だってもう、両方知っているもの」
「ハァ⁉︎」
大声をあげると、近くで電車を待つ人達の視線が一気に柾彦に注がれた。
「柾彦、大声出すと目立つぞ」
柾彦がついさっき投げた言葉を爽やかに投げ返してきた日乃本 義が、人差し指を立てた口元の端を微かに上げる。
「ほら、電車来たよ。車内では静かにね」
「…………」
実に、気分が悪い。
なんで日乃本 義がIDとパスワードを知っているのか甚だ疑問だったが、先程彼から「車内では静かに」とのご指摘を頂戴したので、話しかけられても言われた通りに無視してやった。
『次は~井伊田橋ィ、井伊田橋ィ~』
降車駅の名前を告げるアナウンスが流れた。電車のドアにもたれかかり、窓から流れていく景色をぼんやりと眺めていた柾彦がゆっくりと姿勢を正すと、振動音と共にメッセージアプリに一件の通知が入った。
差出人:ダーリン♡
無視しないでよ、ハニー
「は?」
「やっと反応してくれた」
柾彦は両目を見開いて、スマートフォンを片手に微笑む日乃本 義と『ダーリン♡』からの通知を交互に眺めた。
――そうだ、ブロックしよう。
柾彦が日乃本 義をブロックすべくスマートフォンの画面を開こうとした瞬間、再び振動が手に伝わった。
差出人:ダーリン♡
まさかブロックしようなんて、思ってないよね?
「……エスパーかよ」
「君がわかりやす過ぎるんだよ、ハニー」
「誰がハニーだ!」
日乃本 義は『静かに』のポーズを取ると、「まあ、ブロックできないようにしてあるんだけどね」と言って不敵な笑みを浮かべた。
「……お前、俺が寝てる間にスマホに何か細工したな?」
「僕は何もしていないよ。
それに、君のスマートフォンに、婚約者の連絡先が入っていない方がおかしいだろう?」
全幅の信頼を置いていたスマートフォンが一瞬のうちに日乃本 義の間者にしか見えなくなり、柾彦は眉間に深く皺を寄せた。
とはいえ、身内や友人達の連絡先が入ったスマートフォンをぶん投げて破壊する訳にもいかず、柾彦は『ダーリン♡』に短く「死ね」と返信した。
東喬大神宮は、柾彦が思っていたよりこぢんまりとした処だった。境内は若い女性客で大層賑わっていた。
布留川にも神社はあるが、大晦日や年始以外でこんなに賑わっている事はない。
「年末年始でもないのに、随分と参拝客が多いんだな」
「ここに来ているほとんどが、恋愛成就御守や絵馬、恋みくじがお目当ての人達だよ。
ほら、あそこの列の先頭、見てごらん」
行列の先頭に目をやると、巫女達が御守の見本を見せて、どれにするかを訊ねていた。
「僕達も並ぼうか」
日乃本 義に言われるがまま、行列の最後尾に並ぶと、後方から雅楽の音色が聞こえてきた。
音がする方に目を向けると、結婚式と思われる集団が神殿に向かっていく様子が目に入った。
神主、巫女の後ろには綿帽子を被った白無垢姿の女性が二人、朱の大傘の下でゆっくりと歩を進めていた。
「……合同結婚式か?」
新郎達はどこにいるんだ、と柾彦が呟くと、日乃本 義がゆるやかに首を横に振った。
「柾彦、二人の様子を見てごらん」
言われた通りに白無垢姿の女性二人を見ていると、それぞれが凛々しい表情で前を向いて歩いていたが、互いの目が合った瞬間に、花が咲きほころぶような笑顔で笑い合っていた。
「そうか……あの二人は」
白無垢姿の二人組に見惚れる柾彦の手が、不意に日乃本 義によって握られた。
「……っておい!何してんだ」
「僕達もいつか、こんなふうに式を挙げられたらいいね」
微笑みながら二人組に目をやる日乃本 義の横顔は、計算され尽くして造られた骨董品のように美しかった。
そして、日乃本 義の握力は相変わらず振り解こうにもびくりともしないくらい、アホみたいに強かった。
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