【本篇完結】日乃本 義(ひのもと ただし)に手を出すな ―第二皇子の婚約者選定会―

ういの

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日乃本 義に手を出すな 番外篇

番外篇 参 修羅場 参

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 専属執事の、柿山さん……もしかして。

「爺や、さん……ですか?」

 柾彦が柿山に問いかけると、柿山は優しげな垂れ目を少しばかり見開き、「ほう」と感心したかのような声を上げた。
 
「もしかして、ぼっちゃま……いや、ただしさまが、この老いぼれについて何か話していらっしゃいましたかな?」
「ええと……勘違いだったらすみませんが、日乃本ひのもと ただし……いえ、第二皇子殿下が昨日、相撲の話ができるのが爺やさんくらいだと仰っておりましたのを、ふと思い出しまして」
左様さようでございましたか。……坊ちゃまが、そのように」
 
 柿山の口髭が、わずかに上方に動いた。
 
「柿山さんは、お好きな力士はいらっしゃいますか?」
 柾彦が訊ねると、柿山は「もう引退してしまっておりますが」と前置きをした上で答えた。
「私の"推し"は千代ちよはな関にございます」
「強さと美しさを兼ね備えた、稀代の大横綱ですね」
「よくご存知で。流石さすが、坊ちゃまの御婚約者様であらせられますな」
 
 柿山が嬉しそうに目を細めた。
 柾彦は、自分は日乃本 義の婚約者などではないと声を大にして言いたかったが、嬉しそうな"爺や"の手前、強く否定する事ができずに苦々しい表情を浮かべた。

 柿山は柾彦にいくつか服を見繕い、朝食前に着替えるように促した。
 どれも国内や海外のハイブランドの服ばかりで、着るのが躊躇われる。しかしスウェット姿のままでいるわけにもいかないので、柾彦は頭の中で「どれにしようかな」を唱えて、セミフォーマル風のダークグレーのジャケットとパンツのセットアップを選んだ。
 着替え終わって鏡を見ると、着丈がほぼぴったりで、思ったより悪くない。




「よく似合ってるね、柾彦。
 ……僕が中学時代に着ていた服」

 ……と先程までは思っていたのだが、柾彦が選んだのは、日乃本 義のお下がりだった。

「……あぁ⁈」

 しかも、奴が中学生の時の。

 柿山に言われるがまま、だだっ広い食事室に通されると、日乃本 義と二人きりで朝餉を食べる事になった。

「もう着ないやつだから、気兼ねなく汚してもらって構わないよ。
 それにしても柾彦……可愛いなあ。まるで中学生みたいだ」
「お前……それ、褒めてんの?貶してんの?」
「僕が愛しい婚約者きみの事を貶すと思うかい?」

 朝食は高級旅館の御前のような和食だった。
 汚してもいい、と日乃本 義は言ったが、身の丈に合わない高級ブランド服に堂々と染みを付ける度胸はなく、折角の豪華な食事の味は、並々ならぬ緊張感の前にかき消された。

 日乃本 義に目をやると、昨日とは違う、スタイリッシュなノンフレームの眼鏡を掛け、美しい姿勢と箸遣いで食事を黙々と口に運んでいた。
 僅かに差し込む朝の光が、彼の気品と神々しさを一層引き立たせている。

「……お前さ、」
「なんだい?」
「いつもスウェット寝巻きで食事、摂ってんの?」

 ……しかしそれも、奴がスウェット姿でなければの話だ。

「食後に着替えるよ。ぼんやりしてると服にこぼす事があって。
 そしたら僕も使用人も手間が増えるから、この方が効率的なんだよ」
「その考え方は実家うちと一緒だ。だから俺もパジャマでご飯食べる派」
「そうか。柾彦、実家ではパジャマなんだね。今日見せてもらうのが楽しみだ」
「は⁉︎ 何でお前に見せるためだけにわざわざパジャマに着替えなきゃならないんだよ。頭沸いてんのか?」
 
 日乃本 義は「あはは」と楽しそうに笑うと、少ししんみりした表情をした。

「……誰かと食べるご飯というのは、とても美味しいものだね。
 特に今日は……柾彦、君と一緒だから」

 柾彦の箸が、思わず止まった。

「お前……いつも家族とは食べてないのか?」
「いつも一人だよ。
 ……僕の両親は、手の掛からない子ほど可愛く感じないみたいでね」
 
 日乃本 義の笑顔がかげる。
 柾彦は、自分の投げかけた質問を後悔した。
 
「悪い……、事情を知らずに、言いたくない事を言わせてしまった」
「大丈夫だよ、君と一緒だしね」

 まあ……朝食くらいなら。
 そう思ったが、柾彦は肯定も否定もせず、食事を口に運んだ。
 不思議と、先程よりは食事の味を感じられるようになっていた。


 日乃本 義は朝食を食べ終えると、静かに両手を合わせた。

「ご馳走様でした。
 柾彦、これから出かけるから先に着替えて貰ったけど、明日からは寝巻きのまま、ここに来ていいよ。
 ……僕も着替えてくるから、ゆっくり食べながら待ってて」
「……おう」

 程なくして柾彦も全て食べ終わり、空になった食器に向かって「ご馳走様でした」と声を掛けた。


 暫くすると、食事室のドアが開いた。

「お待たせ、柾彦。
 東喬とうきょう大神宮、もう入れるはずだから、歯を磨いたら木綿子ゆうこさんご所望の御守が売り切れないうちに早めに行こうか」
 
「……お前、その格好……」


 そこには、昨日以上に垢抜けない"ヒツジ"の姿に扮した、日乃本 義が立っていた。







 
 更新遅くなってすみません…!
 次回はもう少し早めにアップできるように頑張ります。
 ちなみに柿山(爺や)については、本篇の9話(玖)にちらりと言及があります。まじで誰やねん……だと思いますので、そちらを再び見返してただければと思います。

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