30 / 35
日乃本 義に手を出すな 番外篇
番外篇 弐 長谷川 隆之という男
しおりを挟む第二皇子の婚約者選定会の翌日、夕方。
「どうしよう、母さん」
仕事から帰ってきたばかりの柾彦の兄、桐彦が母、絹枝に声を掛けた。
「桐ちゃん、どうしたのよ。そんなに切羽詰まって」
「ほら、昨日柾彦が僕のスーツを着ていったじゃないか。
……あれ、一張羅だったから今日着る正装がない」
「あらま。お父さんのスーツ借りたら?」
「父さんは痩せ型だし僕より背が低いから、サイズが合わないよ。
今から買いに行く訳にもいかないしなあ」
頭を抱える桐彦を見て、絹枝は下顎に手を当てて考えるそぶりを見せると、
「そしたら桐ちゃん、あなたが普段病院で着ている白衣はどうかしら?
病院で仕事してて、遅れちゃいそうだから着替えずに来ました、的な感じでギリギリに登場してみたら?」
「母さん!」
桐彦が大声を挙げた。
「……天才か!」
「でしょう?
そういえば義さまは納豆お好きかしら?べつに布留川の名産品ではないんだけど、ほら、茨樹といえば納豆……みたいなところ、あるじゃない?」
「とりあえず出しておけばいいんじゃないかな。義様が食べなくても柾彦が食べるだろうし」
「それもそうね!」
柾彦が東喬に居る今、ツッコミ役が不在となった柊男爵家では、日乃本帝国第二皇子・日乃本 義を歓待する為の準備が、混沌とした状態で慌ただしく行われていた。
「中に着るのはスクラブでいいかな、それともワイシャツとネクタイにしといた方が…」と、桐彦がぶつぶつ言いながら自室に戻っていくと、玄関のチャイムが鳴った。
「はあい」
絹枝が玄関の引戸を開けると、目の前には体格の良い爽やかな風貌の青年――長谷川が、手提げの紙袋を持って立っていた。
「こんばんは」
「あら、隆之さん、いらっしゃい」
絹枝の甲高い声が玄関に響くと、二階のほうから荷物が雪崩れたような、騒がしい音が聞こえてきた。
「あれは木綿ちゃんね」
「はは、木綿子ちゃん、元気ですね。
おばさん、柾、いますか? 借りていた漫画を返しに来ました」
長谷川はそう言うと、紙袋を胸元に掲げて絹枝に見せた。
「そうだったの。何かのついでがある時で良かったのに、わざわざありがとうね。
柾ちゃんならもう少ししたら戻ってくると思うんだけど…よかったら上がっていって、うちで一緒に晩ご飯食べていかない?
今日はご馳走がたくさんあるのよ」
「ええ、そんな。悪いですよ。
でもご馳走ですか……、柾の誕生日はもう少し先だったと思うのですが、他に何かお祝い事でも?」
絹枝は口元を手で押さえると、両目を弓形に細めた。
「隆之さん、柾ちゃんから聞いてない?
昨日木綿ちゃんの代わりに柾ちゃんがお見合いパーティー?みたいなのに行ったら、そこでなんと、あの日乃本義さまに見初められちゃったみたいでねえ。
その日のうちに婚約が決まって。で、これから義さまが柾ちゃんと一緒にご挨拶したいと電話で仰っていらしたから準備を」
絹枝が喋り終わらないうちに、紙袋が地面に落ちる音が玄関に響き、中に入っていた漫画が数冊、袋の外へと散らばった。
「……は? え、婚約って……誰が、誰と、ですか?」
長谷川の尋常ではない様子に絹枝はハッとして、
「やだ、私ったら。その様子だと柾ちゃん、隆之さんに伝えてなかったのね?
突然の事で私もどういう経緯なのかよく判ってないんだけど……柾彦ね、この度第二皇子の日乃本 義さまと婚約する事になったの。
びっくりさせてしまって、ごめんなさいね」
と言って頭を下げた。
長谷川は申し訳なさそうに頭を下げる絹枝、そして地面に散らばった漫画へと視線を落としていき、漸く失っていた我を取り戻した。
「あ……こちらこそごめんなさい、おばさん。頭を上げてください。
その、漫画も……」
長谷川はその場に屈み込むと、自身が落としてしまった漫画を拾い上げていった。
「漫画の事ならいいのよ、私が驚かせてしまったのが悪いんだから。
それで、この後…どうかしら?折角来ていただいたし、柾ちゃんも、隆之さんが居てくださった方が緊張しないと思うのよね」
長谷川は最後に拾い上げた一冊を紙袋に仕舞い終えると、
「そういう事なら、お言葉に甘えさせて頂きます。俺、おばさんの手料理大好きですし」
爽やかで優しい面差しを絹枝に向けて、微笑んだ。
「嬉しい事言ってくれるじゃない。
そうと決まればほら、上がって。柾ちゃんの部屋、使ってもらってていいから」
絹枝は長谷川にそう声を掛けると、忙しそうに台所へと向かっていった。
長谷川はゆっくりと靴を脱いで向きを揃えると、青い炎の如く静かで激しい怒りを滲ませながら呟いた。
「柾、駄目じゃないか。……勝手に俺の側を離れたら」
番外篇 弐 終
ここまでお読み頂き、ありがとうございます!
只今別作品を準備中です。
一旦完結に切り替えますが、こちらにもまた随時番外篇を投稿する予定でおりますので、よろしくお願い致します!
132
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説

推し変なんて絶対しない!
toki
BL
ごくごく平凡な男子高校生、相沢時雨には“推し”がいる。
それは、超人気男性アイドルユニット『CiEL(シエル)』の「太陽くん」である。
太陽くん単推しガチ恋勢の時雨に、しつこく「俺を推せ!」と言ってつきまとい続けるのは、幼馴染で太陽くんの相方でもある美月(みづき)だった。
➤➤➤
読み切り短編、アイドルものです! 地味に高校生BLを初めて書きました。
推しへの愛情と恋愛感情の境界線がまだちょっとあやふやな発展途上の17歳。そんな感じのお話。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/97035517)

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。


家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる