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日乃本 義に手を出すな
終
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牙を捥がれた狼の如く、弱々しく押し黙った日乃本義に、令嬢達に冷たくあしらわれ、佇んでいた『ヒツジ』の姿が重なる。
さっきまで、涼しい顔で散々振り回していた癖に。
今、目の前にいる雨に濡れた羊のような男を、心の底から憎めなくなっていた。
柾彦は徐にスマートフォンを弄りだすと、日乃本 義に声を掛けた。
「おい」
「……何だい、」
日乃本 義のスーツのポケットが、微かに振動した。
「フレンド申請のメッセージ。お前のアカウントに、送った。
車の中で、一緒にやるんだろ? ……ドラエレ」
日乃本 義は切れ長の目を大きく見開いて、慌てて自身のスマートフォンを取り出すと、無心に画面を操作した。
一瞬動きが止まったかと思うと、蕩けたようにだらしなく口元を綻ばせて、「あは」と、小さく声を漏らした。
「日乃本 義……あのさ、
俺……婚約者、とか、今はまだ…気持ちの整理が出来てないし、勝手に話が進んでるのはムカつくけど……。
お前の事、別に嫌いな訳ではないし、仲良くなりたいって思っているのは、本当だから……」
日乃本 義に手を出すな――防衛本能だろうか、昨日の男子学生達の会話から漏れ聞こえてきた言葉が、この時になって不意に蘇った。
名前も知らぬ男子学生よ、お前の言っていた事は正しかった。
日乃本 義に声を掛けたせいで。
日乃本 義に差し伸べられた手を取ったせいで。
……日乃本 義の、本当の姿を知ってしまったせいで。
人生が、ものの数時間であらぬ方向へと曲がってしまった。
――それでも、
「……友達に、なってくれないか」
柾彦は、日乃本 義に右手を差し出した。
日乃本 義は唇の両端を上に曲げると、右手で柾彦の手を取った。
そして自身の胸のほうへ引き寄せると、柾彦の額に優しく口付けた。
「……なにしてんの? お前。人の話、聞いてた?」
全身に怒りを滲ませながら、柾彦が日乃本 義を睨みつける。
「聞いてたよ。額への接吻は友愛の印……大事な友への、挨拶のようなものだ」
柾彦は、僅かに熱を帯びた額を左手でそっと触れた。
「本当かよ、嘘だったら今度からお前の事『オオカミ』って呼ぶからな」
「義」
日乃本 義が柾彦の顔を覗き込むと、
「柾彦も僕の事、義って呼んでよ」
愛しむように、柾彦の右手を両手で握った。
「やだね。俺は基本、身内以外は全員苗字呼びだ。
……お前だけは何となく、フルネームだけど」
「僕だけ、か。じゃあ今はまだ、その呼び方でいいよ」
日乃本 義は少し不服そうな表情をしたが、ゆっくりと目を細めて、微笑みの兆しを見せた。
「なんだよ。その、含みのある言い方は」
「君だって同じように言ってたじゃないか。『今はまだ、気持ちの整理が出来てない』って。
いずれはちゃんと整理して、僕を受け入れてくれるって事だよね?
……柾彦も早く、僕と同じ気持ちになって」
「解釈がポジティブすぎんだろ……」
何であんな言い方をしてしまったんだ、と柾彦が後悔していると、
「おーい、義様、柾彦様。
お車の準備が整いましたよぉ」
出口の方から、桃山の声が聞こえてきた。
「さあ、柾彦。行こうか」
日乃本 義が柾彦に笑顔を向けた。
いつの間にか柾彦の右手は、彼の左手と恋人繋ぎになっていた。
「‼︎ お前、いつの間に…っ!」
慌てて振り解こうとするが、日乃本 義の握力には到底敵わない。
――やっぱり日乃本 義に、手なんか出すんじゃなかった。
柾彦の後悔など露知らず、「早く車の中でドラゴンズエレメントやろうね」と、愉しそうに語る日乃本 義に手を引かれながら、二人は会場の出口へと向かっていった。
日乃本 義に手を出すな
終
ここまで拙文を読んでいただきまして、ありがとうございました!
現在、あとがき&番外編を二本ほど用意する予定でおりますので、宜しければ引き続きお付き合い頂けますと嬉しいです。
さっきまで、涼しい顔で散々振り回していた癖に。
今、目の前にいる雨に濡れた羊のような男を、心の底から憎めなくなっていた。
柾彦は徐にスマートフォンを弄りだすと、日乃本 義に声を掛けた。
「おい」
「……何だい、」
日乃本 義のスーツのポケットが、微かに振動した。
「フレンド申請のメッセージ。お前のアカウントに、送った。
車の中で、一緒にやるんだろ? ……ドラエレ」
日乃本 義は切れ長の目を大きく見開いて、慌てて自身のスマートフォンを取り出すと、無心に画面を操作した。
一瞬動きが止まったかと思うと、蕩けたようにだらしなく口元を綻ばせて、「あは」と、小さく声を漏らした。
「日乃本 義……あのさ、
俺……婚約者、とか、今はまだ…気持ちの整理が出来てないし、勝手に話が進んでるのはムカつくけど……。
お前の事、別に嫌いな訳ではないし、仲良くなりたいって思っているのは、本当だから……」
日乃本 義に手を出すな――防衛本能だろうか、昨日の男子学生達の会話から漏れ聞こえてきた言葉が、この時になって不意に蘇った。
名前も知らぬ男子学生よ、お前の言っていた事は正しかった。
日乃本 義に声を掛けたせいで。
日乃本 義に差し伸べられた手を取ったせいで。
……日乃本 義の、本当の姿を知ってしまったせいで。
人生が、ものの数時間であらぬ方向へと曲がってしまった。
――それでも、
「……友達に、なってくれないか」
柾彦は、日乃本 義に右手を差し出した。
日乃本 義は唇の両端を上に曲げると、右手で柾彦の手を取った。
そして自身の胸のほうへ引き寄せると、柾彦の額に優しく口付けた。
「……なにしてんの? お前。人の話、聞いてた?」
全身に怒りを滲ませながら、柾彦が日乃本 義を睨みつける。
「聞いてたよ。額への接吻は友愛の印……大事な友への、挨拶のようなものだ」
柾彦は、僅かに熱を帯びた額を左手でそっと触れた。
「本当かよ、嘘だったら今度からお前の事『オオカミ』って呼ぶからな」
「義」
日乃本 義が柾彦の顔を覗き込むと、
「柾彦も僕の事、義って呼んでよ」
愛しむように、柾彦の右手を両手で握った。
「やだね。俺は基本、身内以外は全員苗字呼びだ。
……お前だけは何となく、フルネームだけど」
「僕だけ、か。じゃあ今はまだ、その呼び方でいいよ」
日乃本 義は少し不服そうな表情をしたが、ゆっくりと目を細めて、微笑みの兆しを見せた。
「なんだよ。その、含みのある言い方は」
「君だって同じように言ってたじゃないか。『今はまだ、気持ちの整理が出来てない』って。
いずれはちゃんと整理して、僕を受け入れてくれるって事だよね?
……柾彦も早く、僕と同じ気持ちになって」
「解釈がポジティブすぎんだろ……」
何であんな言い方をしてしまったんだ、と柾彦が後悔していると、
「おーい、義様、柾彦様。
お車の準備が整いましたよぉ」
出口の方から、桃山の声が聞こえてきた。
「さあ、柾彦。行こうか」
日乃本 義が柾彦に笑顔を向けた。
いつの間にか柾彦の右手は、彼の左手と恋人繋ぎになっていた。
「‼︎ お前、いつの間に…っ!」
慌てて振り解こうとするが、日乃本 義の握力には到底敵わない。
――やっぱり日乃本 義に、手なんか出すんじゃなかった。
柾彦の後悔など露知らず、「早く車の中でドラゴンズエレメントやろうね」と、愉しそうに語る日乃本 義に手を引かれながら、二人は会場の出口へと向かっていった。
日乃本 義に手を出すな
終
ここまで拙文を読んでいただきまして、ありがとうございました!
現在、あとがき&番外編を二本ほど用意する予定でおりますので、宜しければ引き続きお付き合い頂けますと嬉しいです。
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