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日乃本 義に手を出すな
拾玖
しおりを挟むもう駄目だ。おわった。
柾彦はこれから起こるであろう惨状を直視したくない一心でぎゅっと目を瞑ったが、ガシャンだの、ドカンだの、そういった類の轟音が一切聞こえてこない。
代わりにウィィィン、という間の抜けた機械音が、上方から聞こえてきた。
柾彦は恐る恐る目を開けて天井のほうを見ると、巨大な薬玉がスルスルと降りてきていた。
「………へ? なんだ、これ」
唖然とする柾彦を横目に、日乃本 義は、司会の男に目配せをした。
「栗山」
「僭越ながら」
司会の男…栗山は恭しく一礼をすると、薬玉から垂れ下がる引き紐に手を掛けた。
すると、薬玉は二つに割れ、花びらやら紙吹雪やらリボンテープやらと一緒に、
『祝 御婚約 日乃本 義 様 ♡ 柊 柾彦 様』
と達筆な字で書かれた垂れ幕が、中からお目見えした。
「…正解は三番の『薬玉が降りてくるスイッチ』、でした♡」
日乃本 義はスイッチを仕舞うと、数字の『3』のサインを胸元に作った。
柾彦が一瞬感じた驚きと安堵は、みるみるうちに彼に対する怒りへと変わっていく。
「……おい、ふざけんなよ。こんなの、いつ準備したんだ」
「忘れ物だよ」
「は?」
「会場に戻る前に、君に、忘れ物をしたと言っただろう?
僕が婚約者を柾彦に決めたから、垂れ幕に君の名前を書いてもらうのと、選定会を早く終わらせてって連絡。栗山にするのを忘れてたから、一旦ウォータークローゼットに戻ったんだ。
いやあ、相変わらず栗山は達筆だね。この垂れ幕、すごく良いよ」
日乃本 義がうんうん、と頷きながら垂れ幕を眺めると、栗山は「お褒めに与り恐悦至極に存じます」と言って深々と頭を下げた。
「どう?柾彦。気に入ってくれた?」
日乃本 義は、先程の大人びた冷たい表情とは打って変わり、今度は十七歳の少年らしく、無邪気に笑った。
「一体どうやったら俺が、あれを喜んでいるように見えるんだ!」
柾彦は自由なほうの手で薬玉を指差しながら、再び手を振り解こうと試みたが、相変わらず馬鹿みたいな力で、びくともしない。
先ほどからずっと繋いだままの左手は、いろんな感情から滲み出た汗で、心底不快なほどぐっしょりと湿っている。
「離せって」
「やだよ。婚約者なんだから手くらい繋ぐよ」
「婚約者……って!
おかしいだろ!俺、…男だぞ⁉︎」
「だから?」
日乃本 義が余裕の笑みで柾彦を見下ろす。
「日乃本帝国では同性婚が認められている。何も問題はない。
……第二皇子である僕が、自分の国の法律を知らないとでも?」
『天下の第二皇子様が、まさか自分の国の法律を知らないわけ、ないよな?』
柾彦は昨日、自分が家族に言った言葉を思い出した。
――おい聞け、昨日の俺。公式から回答が来たぞ。
あいつは法律を、ちゃんと知っていた。
そして今――その法律に苦しめられているのは……柊柾彦、お前自身だ。
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