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日乃本 義に手を出すな
拾漆
しおりを挟む「…納得できませんわ!」
一人の令嬢が、声を荒げた。
あれは…先刻『話し掛けないでくださる?』と声を張り上げていた、巻き髪の令嬢だ。
「私…いえ、私達は今日という日の為に、血の滲むような努力をして参りました。
それなのに…何故、このように家柄や見た目も凡庸な者……しかも男などを婚約者に」
「おい」
日乃本 義が一際低い声で、巻き髪の令嬢に凄んだ。
「僕の婚約者の事をこれ以上悪く言ってみろ。不敬罪で警察に突き出してやってもいいし、君のお父様の立場を危うくしてやる事も出来る。
さて…どちらをご所望かな?葦屋侯爵令嬢」
「ひっ……!私の、名前…」
「本日の参加者の顔と名前は、ぜんぶ頭に入っているよ。
君なんて特に…あの時、話し掛けた僕に何と言ったか……勿論、覚えているよね?」
恐怖で心が壊されてしまったのだろうか。葦屋侯爵令嬢とやらは、その場にへたり込むと失禁し、理性を失った赤子のように泣き出してしまった。
「…あーあ、よりによってカーペットのところに粗相しちゃったのか。
水に流しといてあげるから、そのまま帰ってくれない?」
彼女は、皇室職員と思われる屈強な体格の男二人組によってずるずると引きずられ、会場から姿を消した。
「…おい、やりすぎじゃないか」
「本当は今すぐ牢にぶち込んでやりたいところを、言葉の脅しだけで帰してやったんだ。
むしろ優しいと思わないかい?」
日乃本 義は柔らかな笑みを浮かべたが、柾彦には狂気と愉悦で歪んでいるようにしか見えなかった。
「…さてと、婚約者の発表も滞りなく終わった事だし。
君たちも、もう帰って良いよ。受付で車代受け取っていってね。解散」
日乃本 義が再び令嬢達のほうに向き直り、冷たく言い放つと、
「義様……誠に僭越ながら、ご質問…宜しいでしょうか?」
小さくも芯の通った声が、令嬢達の集まりの中から聞こえてきた。
声がした方を見ると、落ち着いた藤色に、華やかな模様の入った振袖を着た令嬢が、緊張した面持ちで手を挙げていた。
「君は…確か、融天寺公爵令嬢か。
……いいよ、君は少しだけ、僕の相手をしてくれたからね。
僕も少しだけ、君の話を聞いてあげる」
融天寺侯爵令嬢と呼ばれた振袖の令嬢は、ごくりと息を呑むと、微かに声を震わせながら訊ねた。
「葦屋侯爵令嬢に同調するつもりはございませんが、今回、私達は義様の婚約者候補としてこちらに参りました。
本当は私が選ばれなかった理由をお訊きしたいところですが……皆様気になっていらっしゃると思いますので、義様が、柊男爵令息を御婚約者様としてお選びになられた理由を、お聞かせ頂きたく存じます」
日乃本 義は目を瞑り、ふう、と息を吐くと、再び目を開けて、融天寺公爵令嬢に冷たい笑みを向けた。
「……簡単な事さ。彼だけだったからだよ。
見た目や家柄に惑わされる事なく、日乃本 義そのものと楽しく会話をし、笑いかけてくれたのは……この中で唯一人、柾彦だけだった。
先に司会が伝えた通り、僕は君たち一人一人と楽しく会話をしたいと、本当にそう思っていた。だからここにいる皆に、一人ずつ話しかけたんだけどね。
紛いもののほうに夢中で、まともに取り合わなかった君たちを……何故、僕が選ぶと思う?」
融天寺公爵令嬢は「ご回答頂き、有り難うございます」と消え入りそうな声で言うと、小さく一礼し、会場の出口の方へと向かっていった。
そして彼女の後を追うように、数人がぱらぱらと会場を後にしたが、状況理解が追いつかず、放心状態でその場を動けなくなっている令嬢が大勢いた。
「あれ、まだ帰らないの?……仕方ないな」
日乃本 義は気怠そうにスラックスのポケットを探ると、
「じゃあ、残った皆に質問しようかな。
………これは一体、何のスイッチでしょう?」
上部にスイッチの付いた小型の機械を取り出して、愉しそうにそれを見せびらかした。
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