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日乃本 義に手を出すな
漆
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あいつが、日乃本、義…。
同じ人間なのに、自分とはこうも姿形が違うものなのか。
程よく引き締まった肢体からはスラリとした手足が伸び、均整の取れた八頭身の最上部にあるのは、彫刻のように美しい顔。フォーマルな場に合わせたサイドバックスタイルの前髪は、十七歳とは思えぬ大人びた色気を帯びていた。
壇上の第二皇子は、ヒエラルキーのトップに君臨するに相応しい、神々しいオーラを放っていた。
「これから義様は、最前列のテーブルから順番にまわってまいります。
皆様はお食事とお飲み物を取りに行かれる時、お手洗いに行かれる時以外は基本的に現在いらっしゃるテーブルから動かないようにお願い致します。
それでは義様、あちらの左側のテーブルから宜しいでしょうか?」
司会が問いかけると、第二皇子がゆっくりと頷いた。
第二皇子は壇上の上手側の階段を降り、柾彦から見て一番右側の最前列のテーブルへと向かっていった。
うっとりとした眼差しを向ける令嬢達に、第二皇子は美しくもどこか胡散臭い笑みを返す。
「義様は全てのテーブルをまわりますので、それまでの間、皆様でご飲食、ならびにご歓談をお楽しみ下さい」
司会はようやく全ての説明を終えたのか、一礼をして壇上から消えていった。
ふう、これでやっと食事にありつける。
柾彦は軽い足取りで、ビュッフェの方へと向かっていった。
これだけ美味しそうな料理が並んでいるにも関わらず、ビュッフェは閑散としていた。皆、第二皇子の関心をひく事に頭がいっぱいで、食事どころではないのかもしれない。
柾彦はサラダバーから適当に野菜を盛りつけた後、寿司や刺身、ローストビーフやライブキッチンのステーキなどの見知った料理を皿に取っていった。そして好奇心から、先ほどから気になっていた黒いイクラも一つ頂く事にした。どんな味だったとしても、家族への土産話にはなるだろう。
柾彦は料理を取り終えると、飲み物を物色する事にした。参加者の年齢を鑑みた、ソフトドリンクやフレッシュジュース、そしてノンアルコールのシャンパンがずらりと並んでいる。どうやら一番人気はシャンパンのようで、給仕が忙しそうにサーブを行っている。
柾彦は物珍しさから、メロンのストレートジュースを頂く事にした。絹枝が喜ぶ、原価の高そうなもったりとしたジュースだ。これだけだと胸焼けしそうだと思い、一緒に水も貰うことにした。
柾彦は誰もいないテーブルに戻ると、第二皇子と令嬢達のご歓談とやらの様子を、レタスをシャクシャクと食べながら眺めた。スマートフォンはクロークに預けてあるし、そのくらいしか見るものがない。
第二皇子は皆と話がしたいと宣っていたが、自己アピールに余念がない令嬢達が絶えず話しかけているせいか、にこやかに相槌を打っているだけのように見えた。
すると、先ほどシャンパンを受け取っていた一人の令嬢が、第二皇子のいるテーブルへと近づき、両手に持っていたグラスの片方を歓談中の皇子に勧める様子が見えた。
皇子は軽く会釈をして飲み物を受け取ったが、それを口にする様子はない。
程なくしてテーブルを囲む令嬢全員を見渡した後、第二皇子は「失礼します」というジェスチャーを行ってテーブルから離れていった。
第二皇子は一番近くにいた給仕に目配せすると、手に持っていたグラスを回収させた。にこやかだった皇子の顔つきが、その瞬間ひどく冷たい表情に変わったのを、柾彦は見てしまった。
「……うわ、」
きっとあの令嬢の名を、この先彼の婚約者として聞くことはないだろう。
浮かれた様子でシャンパンを口に運ぶ令嬢に、心の中でご愁傷様と語りかけると、
「…話しかけないでくださる?
あなたに割く時間なんて、なくってよ」
皇子が次に向かったテーブルとは反対のほうから、刺々しい女性の声が聞こえてきた。
何かトラブルでもあったのだろうか。声がした方向に視線を移すと、澄ました顔で足早に去っていく気が強そうな豪華な巻き髪の令嬢と、その後ろには哀しそうに佇む、参加者らしき一人の――男がいた。
同じ人間なのに、自分とはこうも姿形が違うものなのか。
程よく引き締まった肢体からはスラリとした手足が伸び、均整の取れた八頭身の最上部にあるのは、彫刻のように美しい顔。フォーマルな場に合わせたサイドバックスタイルの前髪は、十七歳とは思えぬ大人びた色気を帯びていた。
壇上の第二皇子は、ヒエラルキーのトップに君臨するに相応しい、神々しいオーラを放っていた。
「これから義様は、最前列のテーブルから順番にまわってまいります。
皆様はお食事とお飲み物を取りに行かれる時、お手洗いに行かれる時以外は基本的に現在いらっしゃるテーブルから動かないようにお願い致します。
それでは義様、あちらの左側のテーブルから宜しいでしょうか?」
司会が問いかけると、第二皇子がゆっくりと頷いた。
第二皇子は壇上の上手側の階段を降り、柾彦から見て一番右側の最前列のテーブルへと向かっていった。
うっとりとした眼差しを向ける令嬢達に、第二皇子は美しくもどこか胡散臭い笑みを返す。
「義様は全てのテーブルをまわりますので、それまでの間、皆様でご飲食、ならびにご歓談をお楽しみ下さい」
司会はようやく全ての説明を終えたのか、一礼をして壇上から消えていった。
ふう、これでやっと食事にありつける。
柾彦は軽い足取りで、ビュッフェの方へと向かっていった。
これだけ美味しそうな料理が並んでいるにも関わらず、ビュッフェは閑散としていた。皆、第二皇子の関心をひく事に頭がいっぱいで、食事どころではないのかもしれない。
柾彦はサラダバーから適当に野菜を盛りつけた後、寿司や刺身、ローストビーフやライブキッチンのステーキなどの見知った料理を皿に取っていった。そして好奇心から、先ほどから気になっていた黒いイクラも一つ頂く事にした。どんな味だったとしても、家族への土産話にはなるだろう。
柾彦は料理を取り終えると、飲み物を物色する事にした。参加者の年齢を鑑みた、ソフトドリンクやフレッシュジュース、そしてノンアルコールのシャンパンがずらりと並んでいる。どうやら一番人気はシャンパンのようで、給仕が忙しそうにサーブを行っている。
柾彦は物珍しさから、メロンのストレートジュースを頂く事にした。絹枝が喜ぶ、原価の高そうなもったりとしたジュースだ。これだけだと胸焼けしそうだと思い、一緒に水も貰うことにした。
柾彦は誰もいないテーブルに戻ると、第二皇子と令嬢達のご歓談とやらの様子を、レタスをシャクシャクと食べながら眺めた。スマートフォンはクロークに預けてあるし、そのくらいしか見るものがない。
第二皇子は皆と話がしたいと宣っていたが、自己アピールに余念がない令嬢達が絶えず話しかけているせいか、にこやかに相槌を打っているだけのように見えた。
すると、先ほどシャンパンを受け取っていた一人の令嬢が、第二皇子のいるテーブルへと近づき、両手に持っていたグラスの片方を歓談中の皇子に勧める様子が見えた。
皇子は軽く会釈をして飲み物を受け取ったが、それを口にする様子はない。
程なくしてテーブルを囲む令嬢全員を見渡した後、第二皇子は「失礼します」というジェスチャーを行ってテーブルから離れていった。
第二皇子は一番近くにいた給仕に目配せすると、手に持っていたグラスを回収させた。にこやかだった皇子の顔つきが、その瞬間ひどく冷たい表情に変わったのを、柾彦は見てしまった。
「……うわ、」
きっとあの令嬢の名を、この先彼の婚約者として聞くことはないだろう。
浮かれた様子でシャンパンを口に運ぶ令嬢に、心の中でご愁傷様と語りかけると、
「…話しかけないでくださる?
あなたに割く時間なんて、なくってよ」
皇子が次に向かったテーブルとは反対のほうから、刺々しい女性の声が聞こえてきた。
何かトラブルでもあったのだろうか。声がした方向に視線を移すと、澄ました顔で足早に去っていく気が強そうな豪華な巻き髪の令嬢と、その後ろには哀しそうに佇む、参加者らしき一人の――男がいた。
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