上 下
9 / 35
日乃本 義に手を出すな

しおりを挟む
 あいつが、日乃本ひのもとただし…。

 同じ人間なのに、自分とはこうも姿形が違うものなのか。
 程よく引き締まった肢体からはスラリとした手足が伸び、均整の取れた八頭身の最上部にあるのは、彫刻のように美しい顔。フォーマルな場に合わせたサイドバックスタイルの前髪は、十七歳とは思えぬ大人びた色気を帯びていた。
 壇上の第二皇子は、ヒエラルキーのトップに君臨するに相応ふさわしい、神々しいオーラを放っていた。


「これからただし様は、最前列のテーブルから順番にまわってまいります。
 皆様はお食事とお飲み物を取りに行かれる時、お手洗いに行かれる時以外は基本的に現在いらっしゃるテーブルから動かないようにお願い致します。
 それでは義様、あちらの左側のテーブルから宜しいでしょうか?」

 司会が問いかけると、第二皇子がゆっくりと頷いた。
 
 第二皇子は壇上の上手側の階段を降り、柾彦から見て一番右側の最前列のテーブルへと向かっていった。
 うっとりとした眼差しを向ける令嬢達に、第二皇子は美しくもどこか胡散臭い笑みを返す。

「義様は全てのテーブルをまわりますので、それまでの間、皆様でご飲食、ならびにご歓談をお楽しみ下さい」
 司会はようやく全ての説明を終えたのか、一礼をして壇上から消えていった。

 ふう、これでやっと食事にありつける。
 柾彦は軽い足取りで、ビュッフェの方へと向かっていった。
 これだけ美味しそうな料理が並んでいるにも関わらず、ビュッフェは閑散としていた。皆、第二皇子の関心をひく事に頭がいっぱいで、食事どころではないのかもしれない。
 
 柾彦はサラダバーから適当に野菜を盛りつけた後、寿司や刺身、ローストビーフやライブキッチンのステーキなどの見知った料理を皿に取っていった。そして好奇心から、先ほどから気になっていた黒いイクラも一つ頂く事にした。どんな味だったとしても、家族への土産話にはなるだろう。
 柾彦は料理を取り終えると、飲み物を物色する事にした。参加者の年齢をかんがみた、ソフトドリンクやフレッシュジュース、そしてノンアルコールのシャンパンがずらりと並んでいる。どうやら一番人気はシャンパンのようで、給仕が忙しそうにサーブを行っている。
 柾彦は物珍しさから、メロンのストレートジュースを頂く事にした。絹枝が喜ぶ、原価の高そうなもったりとしたジュースだ。これだけだと胸焼けしそうだと思い、一緒に水も貰うことにした。

 
 柾彦は誰もいないテーブルに戻ると、第二皇子と令嬢達のご歓談とやらの様子を、レタスをシャクシャクと食べながら眺めた。スマートフォンはクロークに預けてあるし、そのくらいしか見るものがない。
 第二皇子は皆と話がしたいとのたまっていたが、自己アピールに余念がない令嬢達が絶えず話しかけているせいか、にこやかに相槌を打っているだけのように見えた。
 すると、先ほどシャンパンを受け取っていた一人の令嬢が、第二皇子のいるテーブルへと近づき、両手に持っていたグラスの片方を歓談中の皇子に勧める様子が見えた。
 皇子は軽く会釈をして飲み物を受け取ったが、それを口にする様子はない。

 程なくしてテーブルを囲む令嬢全員を見渡した後、第二皇子は「失礼します」というジェスチャーを行ってテーブルから離れていった。
 第二皇子は一番近くにいた給仕に目配せすると、手に持っていたグラスを回収させた。にこやかだった皇子の顔つきが、その瞬間ひどく冷たい表情に変わったのを、柾彦は見てしまった。
 
「……うわ、」

 きっとあの令嬢の名を、この先彼の婚約者として聞くことはないだろう。
 浮かれた様子でシャンパンを口に運ぶ令嬢に、心の中でご愁傷様と語りかけると、
 
「…話しかけないでくださる?
 あなたにく時間なんて、なくってよ」

 皇子が次に向かったテーブルとは反対のほうから、刺々しい女性の声が聞こえてきた。
 
 何かトラブルでもあったのだろうか。声がした方向に視線を移すと、澄ました顔で足早に去っていく気が強そうな豪華な巻き髪の令嬢と、その後ろには哀しそうに佇む、参加者らしき一人の――男がいた。

 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

その日君は笑った

mahiro
BL
大学で知り合った友人たちが恋人のことで泣く姿を嫌でも見ていた。 それを見ながらそんな風に感情を露に出来る程人を好きなるなんて良いなと思っていたが、まさか平凡な俺が彼らと同じようになるなんて。 最初に書いた作品「泣くなといい聞かせて」の登場人物が出てきます。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。 拙い文章でもお付き合いいただけたこと、誠に感謝申し上げます。 今後ともよろしくお願い致します。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

嫌われものの僕について…

相沢京
BL
平穏な学校生活を送っていたはずなのに、ある日突然全てが壊れていった。何が原因なのかわからなくて気がつけば存在しない扱いになっていた。 だか、ある日事態は急変する 主人公が暗いです

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

過保護な不良に狙われた俺

ぽぽ
BL
強面不良×平凡 異能力者が集まる学園に通う平凡な俺が何故か校内一悪評高い獄堂啓吾に呼び出され「付き合え」と壁ドンされた。 頼む、俺に拒否権を下さい!! ━━━━━━━━━━━━━━━ 王道学園に近い世界観です。

処理中です...