【本篇完結】日乃本 義(ひのもと ただし)に手を出すな ―第二皇子の婚約者選定会―

ういの

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日乃本 義に手を出すな

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いやです、東喬とうきょうになんて絶対、行きませんから!!」
 柾彦まさひこが玄関の鍵を開けた瞬間、悲痛な叫び声が屋敷中に響き渡った。
 
 ――木綿子ゆうこか。
 柾彦は慌てて靴を脱ぐと、声の主の元へと急いだ。
「おい、外まで声が聞こえていたぞ」
「柾彦兄さま!!」

 居間のふすまを開けると、木綿子が泣き腫らした目を更に潤ませて、柾彦に抱きついた。
「…何が、あった?」
「お父さまと桐彦きりひこ兄さまったら、縁談の為に、わたくしに東喬に行けと仰いますの!
 わたくしには…お慕い申し上げている御方おかたが居るのを知っていながら…日乃本ひのもと家との、縁談に……!!」
 木綿子は柾彦の左肩に顔を押し付けると、再びわっと泣き出した。

 じわりと湿り気を帯びる左肩をいささか不快に思いながら、父の竹彦たけひこと兄の桐彦きりひこのほうに目をやると、どうにかしてくれ、と言わんばかりの困り果てた表情を返された。
 座卓には一通の、開封済みの手紙が無造作に置かれている。可愛い妹を泣かせた諸悪の根源はこれか。

「木綿子」
 竹彦が、なだめるように木綿子に話しかけた。
「お前の気持ちはわかっている。出来ることなら尊重してやりたいが…相手は日乃本家だ。
 無碍むげに断れば、柊家ひいらぎけだけでなく…この布留川ふるかわ村の人々にも、悪い影響を及ぼしかねない」

 泣きじゃくる木綿子に、桐彦が落ち着いた声色で竹彦の話を繋いだ。
「それに縁談と言っても、婚約者のと書いてあっただろう?要は選ばれなければいい話だ。
 ましてやお相手は第二皇子のただし様ときている。ご兄弟の中でも才貌両全さいぼうりょうぜんと評判の御方おかたが、片田舎の男爵令嬢を見初めるとは、到底考えられない」
 

 第二皇子の名前を、こんな形で再び耳にするとは。

 日乃本ひのもとただしに手を出すな――柾彦は帰り道に聞こえてきた、男子学生達の下世話な会話内容を思い出した。
 
 兄の言うことには、柾彦もおおむね同意だ。家柄、知性、美貌と全てがほしいままの第二皇子なら、婚約者など選び放題だろう。その中には木綿子より条件の良い令嬢が、ごまんと居るに違いない。
 しかし木綿子だってこの布留川――柊家が代々領主を務める村で、一番の美人だ。兄馬鹿かもしれないが、万が一という事もあるかもしれない。

「木綿子、一旦席に戻ろう。なにか良い策がないか、俺も考える」
「柾彦兄さま…」
 木綿子に着席を促すと、柾彦は竹彦に、右手を差し出した。

「親父。その手紙、俺にも見せて」
 
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