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しおりを挟む「主、お昼を過ぎましたが、いかがなさいますか?」
ウォルターの念話で起こされた。雨音を聴くうちに寝入ってしまったようだ。
雨は小降りにはなっているが、止んではいない。
ベッドの上で体を起こし、大きく伸びをする。
「うーーーん、ふぅっ。すまんなウォルター。すっかり寝入ってしまったようだ。起こしてくれてありがとう。」
ウォルターに礼を言う。
「どういたしまして。我々一角狼も、雨の日は巣でのんびりしていました。雨のせいで耳も鼻も効かなくなりますからね。」
ウォルターの言葉にふと疑問が湧いた。
「ねえウォルター。ウォルターは群れに入っていなかったのかい?何故あの日、1人で俺の元に現れたんだい?」
ウォルターに尋ねる。
「私は元々は家族の群れにいたのですが、番を探すために群れを出たのです。
しばらく1人で行動していたのですが、狩りの最中に一角クマに獲物を横取りされ、傷を負いました。傷はそれほど深くはなかったのですが、狩りを終えた後で疲労困憊だったので、獲物を諦めその場から逃げました。
そして水を飲むために水場に降りてきて、主と出逢ったのです。」
そういう事だったのか。んじゃまだお嫁さん探しは継続中なわけね。
「そうか。それじゃあ狩りをしながらウォルターのお嫁さん探しもしなきゃいけないね。頑張れよウォルター。」
そう声をかけるとウォルターが笑った。
「そうですね、それも良いかもしれません。ですが私は主と出逢って新たな力を得て、身体も変わりました。なのでしばらくはこのまま主と共に狩りをしたりしながら過ごしたいです。」
そうか、ウォルターはただの一角狼では無くなってるんだもんな。
「ウォルター、もしパートナーにしたい雌が見つかったら連れてくると良い。俺と従魔契約すればウォルターと同じように変わるはずだ。そうすれば何の心配もいらないよ。」
俺の想いを伝える。俺は前世で家族がいたからね。パートナーの大切さは痛いほど分かってる。ウォルターにも幸せな家族を与えてやりたいからね。
「ありがとうございます主。番にしたい雌が現れたらそうさせていただきます。
ところでお昼はどうされますか?私はそれほど空腹ではないので、食べなくても問題はありませんが。」
うーん、俺の方はお粥だったのでしっかり腹が減ってるんだよね。
「すまんウォルター。俺の方は腹が減ってるんだ。ウォルターが腹減ってないなら、ここで留守番してるかい?」
ウォルターに確認する。
「いえ、ご一緒します。肉は結構ですが水だけはお願いしたいです。それと、用を足したいので後で外に出たいのですが。」
そうか、ウォルターのトイレはないもんな。
「じゃあ先に用を足してしまおうか?門の所まで一緒に行って、見張りに言ってウォルターだけ出してもらおう。」
ウォルターが立ち上がった。
「お手数かけてすいません。では主、お願いします。」
俺も靴を履き、収納からポンチョを取り出してかぶり、ウォルターの背に跨る。
「よし、行こうウォルター。」
「はい主。参ります。」
ウォルターは雨も物ともせず走り出した。
南門に着くと、見張り達は退屈そうにしていた。
若いのが1人雨の中門の前に立ち、残る2人は詰所の中にいる。多分交代で門に立っているのだろう。雨に濡れると結構体力を消耗するからね。
「おいおい、この雨の中、今から出る気かい?止めておいた方が良いんじゃないか?」
若い見張りに声をかけられる。
「ご苦労様です。仕事に出るのではなく、ウォルターに用を足させたいんです。私は門で待ち、この子だけ森へ行かせてやりたいんですがよろしいでしょうか?」
ウォルターから滑り降りて見張りに話しかける。
「ああそうか。確かにそいつのトイレはないもんな。村の中でしちゃえば後始末が大変だし、構わんよ。行かせてやりな。」
そう言うと見張りは優しい手つきでウォルターの頭を撫でた。
「ありがとうございます。ウォルター、行っておいで。俺はここで待ってるからね。」
ウォルターから降り声をかける。
「ウォン」
ウォルターは一鳴きして飛ぶように森へと駆けて行った。
「はぁー、すげえ速さだな。あの速さならどんな魔獣でも追いつけねえな。」
見張りが感心したように口にする。
「そうですね。それにどうやら普通の一角狼より強いみたいです。やっぱり角の数が多いと強いんですかね?」
見張りに話しかける。
「いや、そもそも角が三本の狼なんて初めて見たぜ。特別な生まれなのか、他の魔獣を食らって力を得たのか、その辺なんじゃねえか?」
見張りも退屈しのぎに俺との会話に乗ってくる。
「そうなんですか。確かにウォルター以外に角が三本の狼は見たことが無いです。
ただ、あの子は赤ん坊の頃に父が拾ってきて、赤ん坊の僕と一緒に母の乳で育ったそうなんですよ。子供の頃からから小さい角が三本あったので、やはり生まれついての何かなんでしょうね。」
カバーストーリーを聞かせる。
「うーん、そうなると、お前の母親が魔法使いで、魔力のある乳をもらったからそうなった、とかか?魔獣がこんな風に懐くことなんて普通はあり得ないからな。まあ、お前の家族はすごい、ってことなんじゃ無いか。」
ニカっと笑う。面白い人だ。そんな話をしていると、ウォルターが飛ぶように戻ってきた。
「主、ありがとうございました。スッキリしてきました。」
念話でそう言いながら、
「ウォフ」
と鳴き、頭を擦り付けてくる。見張りの男も一緒になってウォルターを撫で回した。
「ありがとうございました。私たちは中に戻ります。お仕事頑張ってください。では失礼します。」
そう見張りに告げ、ウォルターの背に飛び乗る。
「おう、ありがとよ。」
見張りの男が手を振って見送ってくれた。
「行こうウォルター。」
「はい主。」
ウォルターは食堂へ向かって走り出した。
雨で仕事を休んだついでに買い出しなどをしているのだろう、いつもと違い通りに人が多い。
初めてウォルターを見る人は皆ギョッとしたような顔をするが、俺を乗せて歩いているのでそれほど恐れてはいないようだ。中には羨ましそうにこちらを見つめる者もいる。ちょっと気恥ずかしい。
食堂へ着き、ウォルターから滑り降りる。
「ウォルター、入る前に一回ブルブルして濡れた水を払ってね。他の人にかからないように気をつけて。」
声をかける。
「はい主。ちょっと失礼します。」
ウォルターはそう言うと、庇の下を歩いて食堂の横へ回る。ブルブルブル!ビシャビシャビシャっ!と言う音を響かせて、庇の下を戻ってきた。すげ、ほとんど乾いてるじゃん。
「主はどうされるのですか?」
ウォルターに訊かれる。
「人間にはそれは出来ないから。このポンチョを脱ぐだけだよ。」
そう言いながらポンチョを脱いで収納し、ポンチョの余計な水分だけを取り出して外に捨てる。思っていた以上に水が染み込んでいたようで、結構な量だった。
連れ立って中に入る。朝寝を楽しんでようやく起きてきた者もいるのだろう。朝以上に混み合っている。
それでも満席ではなかったので、いつもの席に向かい、盥を出してナルゲンボトルで水で満たしてやる。
「俺を待たずに飲んでいいからね。」
そう声をかけてカウンターに向かう。3人ほど並んでいたので後ろに着く。パンの人が多いようだ。お粥、美味しいのに。
「お粥を一人前お願いします。」
中に声をかけるとモフ好きお姉さんが笑顔で出てきた。
「朝もお粥だったじゃない。パンじゃなくていいの?」
と訊かれる。
「はい。今日は荷物の整理などしかしていないので、パンよりお粥の方が良いです。」
そう言うとお姉さんは笑う。
「ふふっ、女の子みたいなことを言うんだね。でもまあ、喜んで食べてくれて嬉しいよ。こっちも余りが少なくなって助かるし。」
そう言いながら木椀にお粥を注ぎ、盆に乗せて渡してくれる。
「ありがとうございます。」
頭を下げて席に向かう。
ウォルターはすでに水を飲み終え、毛繕いを始めていた。俺は席に着いて水を用意し、いただきます、と一言言って食べ始めた。
1/3食べ終えたところで一味を取り出し、振りかけて良く混ぜる。一口食べるとピリリとした刺激と香りが堪らない。胡椒も良かったが、一味もオツなもんだ。夢中で掻き込んで行く。
綺麗に食べ終え、水を飲み干して一息つく。うん、美味かった。
「ウォルター、水はもう良いの?お代わりは?」
ウォルターに尋ねる。
「大丈夫です主。充分に飲みましたから。」
ウォルターがそう言うので出した物を全て収納し、食べ終えた食器をカウンターに戻しに行く。
「美味しかったです。ご馳走様でした。」
中に声をかけると3人が笑顔で会釈してくれた。
席に戻りウォルターと外に出て、収納したポンチョを取り出しかぶる。
ウォルターが少し屈んでくれたので背に飛び乗る。
「ウォルター、このまま冒険者ギルドへ向かって。解体場の方ね。なるべく濡れないように庇の下を歩こうか。」
ウォルターに話しかける。
「畏まりました主。では参りましょう。」
ウォルターは俺が言った通りに、なるべく濡れないように庇の下を歩き出した。
解体場に辿り着くと、中は閑散としていた。
今日はそもそも仕事に出ている人はほとんどいないのだろう。当然早上がりの冒険者もいないので、開店休業状態だ。
それでも在庫の整理や道具の手入れなどの仕事には事欠かないようで、職員たちは案外忙しそうにしていた。
「おお、来たか。出来てるぞ。」
おやっさんが書類の束の向こうから声をかけてきた。チェックシートの整理をしていたのだろう。在庫の確認もあるのかもしれないな。
「お手数おかけしました。これをお願いします。」
昨日もらった預かり証と冒険者タグを渡す。
おやっさんは大きく頷き、すでに金額が書き込まれた小切手に俺のタグを写し取り、サインをした。
「ソロでこれだけの納品は初めてだ。全く貴重な経験だったぜ。」
おやっさんがニヤリと笑った。
「持ち帰り分の解体手数料は差っぴいてある。あのでかいクマだが、大きな穴が幾つもあったんでな、毛皮はそれほど良い値をつけられなかった。すまんな。あれ以外は全てA+以上だ。」
ああ、スラッグを何発も撃ち込んじゃったもんな。当然だわな。
「クマの肉は食用になるんですか?」
おやっさんに尋ねる。
「食えねえことはねえが、脂を取るのがメインだな。買取額は大したことねぇ。内臓は薬になるから高えぞ。1番高えのはやっぱり毛皮だ。次は上手いことやんな。」
おやっさんがウィンクする。
内臓が高く売れるってことは、転移で後ろに回ってケツにズドン、ではダメだってことだね。H.C.A.R.で上手い事ヘッドショットを狙わないとダメか。やっぱり練習しなきゃダメだな。
アメリカのベア・クラックみたいに甘い物を使って罠を仕掛けて、寄って来たところを仕留めるか。
「分かりました。ありがとうございました。向こうへ行ってきますね。」
そう言って皆さんに頭を下げると、皆んな笑顔で手を振ってくれた。ウォルターを連れてギルド出張所へ向かう。
出張所は閑散としていた。が、カウンターの向こうでは数人の職員が忙しそうに書類と向き合っていた。
ウォルターを壁際で待たせてカウンターへ向かう。
「お疲れ様です。これ、お願いします。」
小切手をカウンターに置きながら職員たちに声をかけると、テオが顔を上げた。俺の姿を見ると、笑顔でやってくる。
「タカさん、お疲れ様です。奥のカウンターへお願いします。」
そう言って自ら奥へと向かう。俺は小切手をつまみ、パーティションで区切られたローカウンターに向かい、椅子に腰を下ろす。
「それでは改めて、小切手をお願いします。」
テオの言葉に従って小切手を渡す。テオは真剣な顔で小切手を確認し、大きく頷く。
「少々お待ちください。」
そう言ってイエルクさんの元へ向かう。
イエルクさんが小切手を確認し、事務室の奥にある金庫のような物を開けた。
中から革袋を取り出し、テオに渡した。重そうな革袋を持ってテオが戻って来る。イエルクさんも一緒にこちらに来た。
「タカさん、お待たせしてすいませんでした。今回はクマの討伐報酬もありますので高額になっています。金貨37枚、棒銀貨6枚、銀貨4枚、棒銅貨5枚です。ご確認ください。」
重そうな革袋を開けるとさらに中から革袋を2つ取り出し、カウンターに置く。大きい方の袋は金貨が入っていた。
中身を出してカウンターに並べて積み上げ、枚数を確認する。金貨37枚を確認し、そのまま収納する。
小さい方の袋を開け、中身を出して枚数を確認する。棒銀貨6枚。銀貨4枚、棒銅貨5枚、間違いなかった。すぐに収納する。
「間違いありません。ありがとうございます。金貨3枚を銅貨まで両替して頂きたいのですが可能ですか?」
そう尋ねるとイエルクさんが頷いた。
「もちろんですよ。通常の両替は手数料がかかりますが、報酬支払い時は無料となっています。少々お待ちください。」
テオに指示して一緒に金庫に向かい、硬貨を数えながら幾つかの小皿に並べていく。
2人で2枚ずつ皿を持ち、こちらに持ってくる。カウンターに皿を並べてイエルクさんが言った。
「棒銅貨27枚、銀貨27枚、棒銅貨27枚、銅貨30枚です。確認をお願いします。」
10枚ずつ並べてあるので確認はすぐに済んだ。金貨3枚を渡し、カウンター上の硬貨を全て収納する。
「今回のクマの討伐報酬は金貨10枚です。毛皮が残念ながら金貨3枚でした。内臓は金貨2枚、肉は銀貨50枚で買い取っています。他の内訳もお聞きになりますか?」
イエルクさんが確認してくる。
「全部確認していたら日が暮れそうです。信用していますので大丈夫ですよ。」
笑顔で握手を交わす。
「では次に、クラスアップの手続きをしますので少々お待ちください。」
そう言うとテオさんがカウンターに戻っていく。登録の時に使った機械によく似た物を持ってきた。
「タグをお願いします。」
テオさんに言われタグを手渡す。
表裏を確かめて2枚とも窪みにはめ込み、蓋をしてロックする。
水晶玉に手を乗せて何やら操作している。ブーンという低い音が響き、すぐに収まる。ロックを外し蓋を開け、タグを取り出す。
「おめでとうございます。本日からレギュラーになります。これからのご活躍を期待しています。」
タグにはroo、beg、regの3つの刻印が並んでいた。ルーキー、ビギナー、レギュラーの略なのだろう。一つ飛び級しちゃったよ。
応援ありがとうございます!
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