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宿に向かって歩いて行くと、赤髪の丁髷が見えた。薬師のお弟子さんだ。

俺の姿を見て慌てて駆けてくる。宿の前で待っていたのだろう。必死の形相だ。

「先ほどは大変失礼しました。お師匠様がお詫びをしたいと申しております。どうかご一緒に来ていただけませんでしょうか。お願いします。」

深々と頭を下げる。

「どうぞ頭を上げてください。」

そう告げると頭を上げてホッとした表情をする。勘違いさせて悪いね。君が思っているのとは違う返事なんだ。

「貴方は私が伺った時、とても丁寧に対応してくださいました。ですから貴方に頭を下げていただく訳にはいきません。

それに、詫びをしたいというなら本来は自分から出向くのが筋だと思います。薬師の世界ではどうなのかは分かりませんが、詫びをするのに相手を呼びつけるなど私からすれば有り得ません。

そのような方とお会いしたとして、形だけの心の篭らない言葉で詫びられても何の意味もありませんし、不愉快なだけです。

なのでそちらには伺いません。顔も見たくないので謝罪も不要です。

今後滞在中にこの村の薬屋は利用しませんし、直接素材を販売することもしません。今まで通り冒険者ギルドを通して素材を入手してください、とお伝えください。失礼します。」

ガッカリした顔のお弟子さんに頭を下げて厩舎へ向かう。こちとら中身はアラフィフなんだ、小僧っ子だと思って舐めてんじゃねえぞ。

厩舎を見ると、ベッドがニ台引き出されて丁字型に並べられ綺麗に整えられていた。壁に横付けされたベッドにはシーツも毛布もかかっていない。一台は荷物置きに使えという事なのだろう。ランプも一台吊るしてある。なかなか良いサービスだ。ウォルターは二台のベッドの前で横になっていた。

「ただいまウォルター。」

声をかけると姿勢を正してお座りする。

「お帰りなさい主。村はいかがでしたか?」

と訊いてくる。

「薬師のお爺さん以外は良い人ばかりだったよ。まあ、薬師は変わり者が多いらしいからしょうがないね。」

そう言うとウォルターが笑う。

「主も薬師なのでは?」

さすがに苦笑いだ。

「俺はポーションメイカーで、厳密には薬師では無いからね。調合できないから。だから一緒ではないよ。」

そう言うとウォルターがまた笑う。

「分かっておりますよ主。主のような優しい人はいませんから。」

ウォルターの言葉に癒される。

「ありがとうウォルター。さて、ちょっと銃の準備をするよ。一応周囲を警戒しておいてね。」

そう言うとキリッと引き締まった顔になる。表情が豊かだねこいつは。

「お任せください。しっかり警戒いたします。」

そう言うとピンと耳を立てた。

安心して警戒を任せ、靴を脱いで奥の壁際に寄せられたベッドに上がって胡座をかき、壁によしかかる。

まずは収納にしまっていたレミントンM870MCSブリーチャーを取り出して右膝の横に置く。

次にクリスヴェクターとマガジンを取り出す。

20+1本に30発ずつ、合計630発の弾込めだ。1箱50発入りの弾を13箱取り出す。

ポチポチと無心に込めていく。弾数が増えるとスプリングの反発が強くなるので身体強化を使いながらどんどん込めていく。

2時間弱かけて弾込めを終える。予備マガジン20本を収納し、銃に残った1本を装着して安全装置をかけて、セレクターをフルオートに合わせて収納する。

もう空が赤く染まっている。

H.C.A.R.は後回しにして、レミントンM870MCSのロングを取り出す。

こちらにはスラッグ弾を込めておく。シャコシャコシャコとチューブマガジンにショットシェルを送り込む。

満装弾になったら安全装置をかけて収納する。

ランプの油を確かめておく。満タンにしてくれているようだ。暗くなってから油を注ぐのは大変だからね。

空の色が消え、美しい月が見え始めた。食堂の混み具合を覗きに行くか。

「ウォルター、食堂の混み具合を見てくるから待っててくれ。」

靴を履きながら念話で声をかけて食堂へ向かう。中を覗くと満席まではいかないがそこそこの混み具合だ。先に一杯引っかけるか。

「ウォルター、食堂が混んでるからそのまま待ってて。ちょっと違う店に寄るから。」

「畏まりました主。お気をつけて。」

ウォルターと念話で会話して隣の酒場に向かう。

酒場の入り口には西部劇に出てきそうなスイングドアが付いていた。ギィ、と鳴らして中に入る。

テーブルが6席、カギ型のカウンターが1つ。ダーツなどの遊具は無い。テーブルは4つが使用中、カウンターには3人が掛けていた。カウンターの中には3人の男たちが入っていた。

カウンターの一番奥が空いていたのでそこに腰掛ける。一番奥の席ってのは大抵は常連の席なんだが、ここではそう言うのは無いみたいだ。

髭を蓄えたマスターらしい男がこちらにやってくる。

「何にするかね?」

と尋ねてくる。

「火酒とエールを一杯ずつ。それと木の実を一皿お願いします。」

「エールが6銅貨、火酒が15銅貨、木の実が5銅貨、合わせて26銅貨だ。」

棒銅貨2枚と銅貨6枚をカウンターに並べる。マスターは並べた銅貨をジャラリと集めて木椀に入れる。

木の樽からエールと火酒を大小の金属のカップに注ぐと両手で持ってきた。俺の前に2つのカップを置き、また戻って木椀に木の実を一掴み入れて持ってくる。

「一人か?」

「はい。」

「宿に泊まってるのか?」

「そうです。どうかしましたか?」

「倒れられたら困るからな。」

「倒れませんよ。」

「そう願うよ。」

短い会話を交わし、マスターはカウンターに座る他の村人の所へ行く。

まずはジョッキサイズのカップに入ったエールを手に取る。口を付け、グビリグビリと喉を鳴らす。

ホップが入っていないのか、苦味はなく逆に甘みがある。酵母にレーズンのようなドライフルーツを使っているのかもしれない。そのせいかアルコール度数は高めで7~8度あるだろう。炭酸は弱めだ。

もちろん常温だが、そのおかげで麦の香りが立ち、なかなか美味い。1/3ほど飲み、木の実を摘む。

さて、火酒はどうかな?

ロックグラスほどのカップに入った火酒を手に取る。グビリと口に含むとかなりの度数だ。

おそらく加水せず蒸留した物をそのまま樽詰めしてあるのだろう。だが、蒸留器の精度の問題か保管容器の問題か、スピリタスのような強烈さはない。

おそらくアルコール度数は80度前後だろう。ウォッカのように炭を使っての濾過は行っていないようで、雑味というか風味がある。これは多分芋だな。作り手によって原材料が違い、風味に違いが出るのであれば面白いな。

木の実を摘みながら火酒のカップを傾け、チェイサー代わりにエールを飲む。

30分ほどかけてのんびり飲み、木の実が無くなったところで残った酒を飲み干す。

「ごちそうさまでした。」

一声かけてカウンターから離れる。うん、良い心地だ。

そのまま食堂を覗きに行くと客の入りは1/3程になっている。ほどほどに空いたな。

「ウォルター、食堂が空いてきた。おいで。」

念話を飛ばすとすぐに返事が来た。

「はい主。すぐに参ります。」

言い終わるとすぐに宿の横から姿をあらわす。ウォルターは近づきながらフンフンと鼻を鳴らす。

「主から嗅いだ事のない臭いがします。何かありましたか?」

ウォルターに尋ねられる。

「隣の酒場で酒を飲んでいたんだ。臭いか?」

「臭くはありませんが、あまり好ましい臭いではないように感じます。お身体に影響は無いのですか?」

あ、心配してくれてる。めんこい奴め。

「ルーテミス様のご加護のおかげで、飲みすぎてもおかしくなる事は無いんだよ。心配してくれてありがとう。さ、入ろう。」

ウォルターを連れて昼に座ったのと同じ席へ向かう。

「昼は内臓だったから夜は脚が良いだろう。ウサギとシカ、どっちが良い?」

「昼と同じウサギでお願いします。」

盥を2つとナルゲンボトルを出し、ウサギの脚と水を入れる。

「先に食べてて良いよ。」

と声をかけてカウンターに向かう

「1人前お願いします。」

声をかけるとモフ好きお姉さんが笑顔でこちらを見た。

「ずいぶん遅かったね。来ないのかと思ったよ。」

話しながら料理を皿に盛り付け、盆の上に乗せていく。

「人が多いとご迷惑になると思って空くのを待ってました。」

正直に返す。どう待っていたかまでは言わない。リアースでの成人年齢は15歳だそうだ。お酒は成人してからでないといけない、なんて言われたら困るからね。

料理を運んできてくれたお姉さんはスンスンと鼻を鳴らす。

「あー、お酒飲んできたでしょう?しかも強いヤツ。大丈夫なの?」

バレてしまった。

「亡くなった父によくワインやミードを飲ませてもらっていたので懐かしくなりまして。」

そう言うとお姉さんはちょっと悲しそうな顔をした。

「ごめんね、余計な事訊いちゃったね。でも飲みすぎちゃダメだよ。」

そう言いながら盆を渡してくれる。

「ありがとうございます。無茶はしません。」

そう言って席へ戻る。

ウォルターはお座りして待っていた。先に食べて良いって言ったのに、義理堅いヤツだ。ナルゲンボトルとカップ小を取り出し水を注ぐ。

「さあ食べようウォルター。いただきます。」

そう声をかけるとウォルターは早速脚肉に噛り付いた。ボリボリと骨を噛み砕きながら食べていく。

俺はパンを手に取った。今日のメインは肉の塩茹でのようだ。マッシュポテトのような物が添えられている。

それに根菜がたっぷり入ったスープと小ぶりなナンのようなパンが4枚、これが今日のメニューだ。

スプーンでマッシュポテトを掬ってパンに塗りつけ、パタンと折り曲げて齧り付く。うん、美味い。スープを掬って啜ると肉の出汁が出ている。これも美味い。

塩茹でした肉を取り出して残った茹で汁に根菜を加え、スープにしたのだろう。なかなか考えてあるな。

フォークで肉をつつくと簡単にほぐれる。よく煮込んであるようだ。フォークでほぐした肉を刺し、口に入れる。噛みしめると旨味が溢れてくる。すかさずパンを齧り、口の中で一緒に味わう。

マスタードが欲しい。あ、そう言えば採取した野草にからし菜があったな。

思い出したのですぐに1束取り出し、折り曲げたパンを広げてからし菜を乗せ、ほぐした肉も乗せて再度折り曲げてサンドイッチ状に仕立てる。

ガブリと大口でかぶりつくと、肉の旨みとからし菜の辛味、マッシュポテトの仄かな甘みが混ざり合って絶妙な味わいだ。夢中でかぶりつき、スープを啜る。

「あれ?それ、何を挟んでるの?」

モフ好きお姉さんの声に顔を上げると、食事を乗せた盆を向かい側の席に置くところだった。

「お客さんも少なくなったし、早めに食べちゃって良いって言われてね。せっかくだから一緒に食べようかと思って。良いよね?」

コテンと首を傾げながら訊いてくる。あざといのか天然なのか、とにかく可愛い。

「どうぞ。ご一緒しましょう。」

俺の返事を聞いて安心した顔で腰を下ろす。

「で?それ、なんの葉っぱを挟んでるの?」

興味深げに訊いてくる。

「からし菜です。美味しいですよ。パンにマッシュポテトを塗ってからし菜と肉を乗せて包むんです。試してみますか?」

俺が言うと渋い顔をする。

「からし菜って子供の頃に風邪をひいた時に、すり潰して飲まされた事があるんだよね。辛くて余計咳が止まらなくなっちゃったのよ。すっごい辛かったのよね。」

そりゃあいくら薬とはいえ子供には辛かろう。

「葉っぱのままなら量はさほどでもありませんし、多分大丈夫ですよ。僕ので一口試しますか?」

と訊くと、嬉しそうに頷く。

「ありがと!あーん。」

口を開けて待っている。くう、これが彼女だったらどんなに嬉しいことか・・・。

そんな事を考えながら齧りやすいように折れ目の方を口に入れてやる。あむ、と齧り取ってもむもむと咀嚼すると、驚いたように目を見開いた。

「美味しい!ピリッとした辛さが肉の旨味にピッタリ!マッシュポテトの仄かな甘みも!これ、病みつきになりそう!」

そう言いながら自分のパンにマッシュポテトを塗りつける。

「1枚もらうね!」

と言いながらからし菜を乗せ、ほぐした肉も乗せてパタンと折り畳み、大きな口で齧りつく。

うん、元気にいっぱい食べる女の子は魅力的だ。お姉さんの笑顔を見ながら俺もどんどん食べていく。

お姉さんの賄いはパンが2枚で、肉の大きさも俺の半分ほどだったので当然俺より早く食べ終わり、やはりもう既に食べ終えて良い子に伏せているウォルターに構いはじめた。

俺じゃなくてウォルターが目的だったのね(笑)。ウォルターもコロンと腹を見せて甘えモードだ。お姉さんがワシャワシャとお腹をモフるとウォフウォフと嬉しそうな声を出す。俺も寝る前にモフろうかな(笑)。

ウォルターと戯れるお姉さんを見ながら食べ進める。ちょうど俺が食べ終わる頃には満足したようで席に戻って来た。

「はぁ、気持ち良かった。もう最高だね。あ、ねえねえ、明日の予定は?」

突然聞かれた。

「明日は森に入る予定です。狩り場を見てまわります。」

そう答えると、お姉さんは笑顔で言った。

「君、収納持ちだったよね?だったら、朝ご飯を食べに来る時にカップを持っておいでよ。麦粥でもスープとパンでも、好きな方をお昼に持たせてあげるから。

金属カップなら焚き火にかけて温められるから、お昼も美味しく食べられるよ。どうせギルド持ちなんだし、遠慮なんかしなくて良いって。」

ニコニコと笑いながら言う。なるほど、良い方法だ。なにより、俺の収納は時間停止が付いてるから、熱々のままで保存できるからね。

「分かりました。そうさせていただきます。朝は何時からやってますか?」

「5時だね。開門が6時だから、その前に朝ご飯を食べに来る人が多いんだ。朝は混み合うからゆっくり目においで。じゃ、また明日ね。」

そう言うと俺の食器まで一緒に持って厨房へ戻って行った。うん、まるで豚が乗る飛行艇を設計した女の子みたいだ(笑)。

「元気な方ですね。」

ウォルターの言葉が印象的だった。

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