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イエルクさんの後を追ってついていくと、応接室のような所に通された。ドアから入ると正面に6人掛けくらいの大きなソファが1つ、1人掛けのソファーが2つ、テーブルを挟んで対面するようにセッティングされている。

応接セットの向こう側には採光用であろう小さな窓が幾つもあり、ガラスが嵌め込まれていた。大きなガラスを作る技術がないのか、ガラス自体の強度の問題か、値段の問題か。こんな所で異世界らしさを感じてしまう。

右手には小さなキッチンとキャビネットが据えられていた。この室内でお茶の用意をできるようになっているのだろう。

左手にはドアがある。このドアは受付カウンターの内側、つまり事務室と繋がっているのだろう。普通なら職員がここに案内し、所長があのドアから登場する訳だ。

「どうぞ、そちらに掛けてください。」

イエルクさんがソファーに掛けるよう促してきたので、対面の1人掛けソファーの正面に位置する、大きなソファーの真ん中に座る。

ウォルターはソファーの後ろでお座りで待機している。ソファーに腰掛けた俺の頭の上にウォルターの顔がある。

大型犬ならダラダラとヨダレを垂らして酷い事になりそうだが、ウォルターはヨダレを垂らしたりはしないし、舌をだらりと垂らしたりもしない。

狼だからなのか魔獣だからなのかは分からないが、お行儀が良くて助かる。

イエルクさんは俺たちがソファーに腰掛けたのを確認してキッチンに向かった。

え、もしかして所長自らお茶の用意をしてくれるのかな?

申し訳ないと思いつつ、部外者である俺が手伝う訳にもいかず、黙って大人しく座って待っていた。

程なくイエルクさんがお茶の入ったカップを2つとティーポット、お湯が入れてあるであろう金属製のピッチャーをお盆に載せて運んできた。

綺麗なカップ&ソーサーだ。砂糖やミルクは無くストレートなのでスプーンは付いていない。それぞれの前にカップ&ソーサーを置き、お盆をテーブルの脇に避けるとイエルクさんも腰を下ろした。

「まずはお茶をどうぞ。お茶汲みは久し振りなので味には自信がありませんが。」

そう言いながら自らカップを手に取り口を付けた。

「では遠慮無くいただきます。」

俺もカップを手に取り、まずは香りを確かめる。ゾーイさんのお茶のような柑橘系の香りはしない。普通の紅茶の香りだ。

フーフーと冷ましながら一口含む。渋みが強目だが不味くはない。もう少しお湯の温度を下げてからゆっくりと蒸らす感じで葉を開かせれば、渋みをもう少し抑えて香りを立てられるのではないだろうか?などと考える。

三口ほど頂いてカップをソーサーに戻す。イエルクさんがソファーの肘掛にはめ込まれた金属製の半球に手を置いた。ブン、と小さな音がした。一瞬空気が重くなり、チカチカと景色が白く瞬いた。遮音結界でも張ったのかな?さて、お話の時間だ。

「今、この部屋に音を遮る結界を張りました。この部屋の中での会話は、部屋の外にいる者には絶対に聞こえません。
なので、単刀直入にお聞きします。貴方は何者で、何処からいらしたのでしょうか?この村に来た目的は何ですか?」

おおう、どストレート、直球ど真ん中で来たよ。回りくどい言い方をする人よりも、こう言うまっすぐな人の方が好感が持てるよね。

俺はフランクさんの所で話した内容を思い出しながら、間違えないように気をつけて話した。


・北の森の奥深くで、父とウォルターの3人で暮らしていた。
・狩りには稲妻を放つ魔道具を使っていた。
・家は持たず、自然の地形を利用し、常に移動していた。
・時折父が塩や衣類を手に入れるために長期に留守にすることがあり、その時はウォルターと2人、父に指示された洞窟のような安全な場所で暮らしていた。
・どこに行って塩や衣類を手に入れていたのかは分からない。
・最後に塩や衣類を手に入れに行ってから半年ほどかけて、3人で南に向けて移動してきた。
・狩りの最中に父が足を滑らせ川に落ちた。慌ててウォルターと追ったが、そのまま滝に落ちて見えなくなった。
・滝は深く、高さもあるので降りることも叶わず、稜線に沿って川下へと下りながら父の痕跡を探してここまできた。
・大きな櫓が見えたので、人が住んでいるのだろうと思い、父の事を知らないかどうか尋ねようと立ち寄った。
・村長のフランクさんと面談し、紹介状をいただいた。


俺の話を聞きながら、イエルクさんは眉間に皺を寄せ難しい顔をしていた。これで何らかの理由で、北の国から森へと落ち延びたのだ、と判断してくれると良いんだが。

「私の想像でしかありませんが、お話を聞く限り、タカさんのご両親は北のシルビアノ共和国の出身なのではないかと考えられますね。

しかも、タカさんの言葉遣いなどを見る限り、それなりに身分の高い方だったのではないかと思われます。

そこで何かの問題があり、出奔するような形で森で暮らされていた。もしかすると、政治的な問題などに巻き込まれたのかもしれませんね。」

おいおい、嘘八百に勝手に尾鰭に背鰭がついて、壮大な話になってきちゃったぞ。どうすべ?まあ、実際にはこの世界に血縁関係者がいる訳ではないので、突っ込まれても逃げ切れるだろうけどね。

「私は私自信が何処の何者なのか分かっていません。父も母も居ないので、知りたくても叶いません。ですが、私にはウォルターがいて、今、こうして生きています。私はそれで充分です。

ただ、もし機会があるのであれば、北のシルビアノ共和国へ行ってみたいと思います。もしかすると、父と母の痕跡を見出すことが叶うかもしれませんので。」

イエルクさんにそう告げる。これ以上俺には話せる事は無いよ、と言う牽制だ。

「タカさんの出自が明らかにできれば、初めて見るこの職業と技能に付いて何か分かるかと思ったのですが、残念です。
ちなみにタカさんは、ご自分の職業と技能についてご存知ですか?」

「私の職業と技能ですか?いいえ、知りません。あ、そう言えば、北門の詰所で入村手続きの為に水晶玉を触った時に、見張りの方が何か言っていましたね。アルパインマスターとブッシュクラフターがどうとか何とか・・・・」

惚けた振りしてババンバン、だ(笑)。

この世界、「鑑定」の技能は一般的では無いだろう。だから入村手続きの時に、あの様な魔道具で確認を取るのだ。だったら、人里離れて暮らしていた俺が、自分の職業や技能を把握していたらおかしい事になる。

もし自分の職業や技能を正確に把握していたら、珍しい技能である鑑定持ちだと言う事になってしまう。ここはシラを切るに限る。

「確かにそちらも素晴らしい職業ではあるのですが、問題の職業はそれらでは無いのです。実は、タカさんの職業にモンスターテイマー、技能にモンスターテイムという物がありまして。コレはどちらも今まで無かった、新種の職業と技能なんですよ。

この職業と技能がどの様に生まれたのか、どの様にして身に付けたのか、それがタカさんの出自に関連しているのでは無いかと思ったのですが・・・・。」

そう言いながら羊皮紙とタグを俺に見せてくる。うん、しっかり表示されてるね、モンスターテイマー。羊皮紙の方だけならまだ良かったのだろうけど、タグの方にもしっかりと表示されちゃってるね。

『冒険者として活動するにあたって、一番役に立つと思われる職業が表示される』、ってテオさんが言ってたもんなぁ。そりゃあウォルターみたいな強い魔獣をテイムしてれば、それが真っ先に優先されるよなぁ。

でも、銃だってあるんだから、猟師が出てきてくれても良かったのに・・・・って、俺、まだウサギ1羽しか狩って無いんだからダメか(笑)。

「モンスターテイムにモンスターテイマーですか。それは私がウォルターと暮らして来た事によるものでしょうか?
父から聞いた話では、私が生まれたばかりの頃、狩りの最中に生まれたばかりのウォルターを拾い、連れて帰ってきて、母が私と同じように乳を与えて育てたと言っていました。

なのでウォルターとは家族、いえ、兄弟のような感じなのですが、それが関係しているのでしょうか?

でもそれだと、乳を与えた母か、もしくは家長である父に職業とスキルが付くと思うのですが、どうなんでしょう?」

イエルクさんはまた眉間に皺を寄せ難しい顔をしている。

「特殊な環境下で魔獣を育成する事がモンスターテイムの技能とモンスターテイマーの職業を得る条件・・・・なるほど、あり得るかもしれません。

もしくは持って生まれた才能なのか・・・・。いずれにせよ検証が必要ですね。タカさん、ご協力いただけませんか?」

そう言われても、どないせーっちゅうねん。俺にできる事は無いっての。

「検証に協力とは、具体的にはどうすれば良いのですか?自分が何者かも分かっていない私が、協力できる事など限られると思うのですが。」

ちょっと困った顔をしてみる。せっかく人里まで下りてきて、人里での暮らしと冒険者としての経験を積めると思ったのに、何だか厄介な事態になってきたぞ。

「ここはあくまでもギルド出張所なので、機材も人員も限られています。そのため、詳しく調べたくても叶いません。

なので、きちんとした設備のある大きなギルドに行っていただきたいのです。もちろん移動手段や移動にかかる経費などは全てギルドで負担します。

新たな職業というのは、ギルドに所属する冒険者たちの生き方を変えるだけでなく、未来の冒険者たちの希望ともなるのです。どうかご協力をお願いします。」

ガバリとテーブルに伏せるように頭を下げられた。うむむ、困ったぞ。辺境の地でハンターとしてスローライフを楽しむはずが・・・・。どうしてこうなった。もうなるようになれ、だ。

「大きなギルドとは、具体的には何処にあるのですか?ポルカ村との定期船が往来しているジニアル領ですか?」

一つため息をついてから、ちょっと疲れた感じでイエルクさんに尋ねる。

「まずはジニアル領に向かっていただきますが、目的地はジニアル領ではありません。このグランビア王国の首都、ヴァレンティナにある、グランビア王国冒険者ギルド本部です。」  

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