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馬に乗った男と見張りがボショボショと話をしている。

身体強化を使えば聞き耳をたてることも出来るけど、下手な事前知識無しで対応した方が演技は少なくて済むはずだ。

馬に乗っていた男がヒラリと飛び降り、槍を携えて近づいて来た。

「私はポルカ村の自警団の一人、ルースと言います。君の名は?」

馬から降りて自分から名乗るとは、礼儀がしっかりしているな。

「はじめまして。ご丁寧にありがとうございます。わたしはタカ、隣にいるのは私の家族のような者で、ウォルターと申します。この森の奥深くで猟師をして暮らしておりましたが、父を失い、川伝いに森を下ってきた次第です。」

深々と頭を下げる。こちらも礼を尽くさないとね。

「タカさんとウォルターさんね。分かった。タカさんのお父さんは稲妻を放って狩りをしていたと聞きました。そして今、その魔道具をお持ちであると。その稲妻を見せてもらうことは出来ますか?」

よしよし、上手いこと乗ってきた。

「はい、父より手ほどきを受け、父亡き後は私がこの魔道具で狩りをしてきましたので、お見せすることは可能です。

ですがもの凄い大きな音と光を放ちます。ここにいる馬たちだけでなく、村の人々も驚き、恐れ慄くかもしれません。できれば村に伝令を走らせていただければと思います。」

そう告げると、ルースさんが何か合図し、馬に乗った一人が村へ向けて走って行った。彼が戻ってきたらデモンストレーションだな。

そういや俺、まだ一発も撃ったことないんだった(笑)。俺の試射も兼ねて丁度良いな。

「1人村に向かわせました。これから稲妻の様な大きな音が鳴り響くが、決して騒ぐことのない様に、と触れて回るはずです。そいつが戻ったら頼みます。」

ルースさんが落ち着いた口調で告げる。

「分かりました。それでは少し休ませていただきます。」

俺はウォルターの隣に腰を落とし、リュックから取り出すように見せかけて収納から小さいカップを取り出す。

あ、ウォルターの分の水ははどうしよう?

異世界EDCギアのフォルダーの中を確認すると、「スノーピーク ランダーブラック」を発見。これはアウトドアで使う鍋セットなのだが、珍しく四角い形をしているのだ。大小の鍋と深めのフライパンが重ね合わせて一つに纏まるようになっている。

あまり人気が無かったのかワゴン売りされていたのを買ったものだ。現在は廃番になっている。

袋入りのラーメンを作る時とかすげー便利なのにな。ユニフレームの山クッカー角形3の方が値段が手頃だから、そっちに行っちゃうんだろうなぁ。

ちなみに山クッカー角形3も持ってるけどね(笑)。異世界EDCギアのフォルダーにもちゃんと入ってる。

ランダーブラックの大の鍋は1,700ml入るので、ウォルターに水を飲ませるのにちょうど良い感じで使えるだろう。

リュックの中から取り出す振りをしながらランダーブラックと水筒を取り出し、大の鍋に水を注ぐ。八分目ほど入れたらウォルターの前においてやる。

ありゃ、ウォルターの身体からするとちょっと小さいか。でも器用に水を飲んでいる。俺も自分のコップに水を注いで飲む。ふう、一息つけた。

「ずいぶん肝が座っているんだね。見知らぬ者たちに囲まれて、怖くはないのかい?」

ルースさんが笑いかけてくる。こちらも笑顔を返す。

「貴方達からは敵意を感じません。それに、村を守るための立派なお仕事をされているのです。どうぞお気遣いなく。何より疚しいことのない私が、恐れを抱く必要などありませんし。」

堂々と返す。水を飲み終えたので出した物をリュックに入れる。何度も単独で出し入れしていた食料袋なんかもちゃんとリュックに入っていた。収納さん優秀(笑)。

ウォルターを優しく撫ぜていると馬が戻ってきた。村人達に無事伝わったのだろう。さて、やりますか。と思っていたら、どこからともなく丸々としたウサギが姿を現した。丁度良い。悪いけど的になってもらうよ。

「先ほどもお伝えしましたが、とても大きな音と眩い光が出ます。馬が暴れると思うので、馬から降りてしっかりと手綱を握ってください。」

そう伝えると一人は馬から降りたが、もう一人は降りなかった。鼻で笑ってやがる。怪我しても知らんぞ。

「それではあのウサギを狙います。どうぞご覧ください。」

「ウォルター、どでかい音が鳴るから耳を塞いでおいてね」

そう念話を送るとウォルターはペタリと耳を伏せた。

レミントンM870MCSブリーチャーのフォアエンドをジャキンと引いて戻し弾を送る。

ウサギは首を傾げてこちらを見ている。スレてないなぁ。ゴメンな、美味しく食べてやるからな。

両手で銃を突き出すように構える。SWATスリングで身体と繋がっているので、押す力と引き戻す力が拮抗して構えが安定する。銃身を真っ直ぐにウサギに向ける。安全装置を外して引き金に指をかける。そうっと引き金に力を加える。
   
  ドゴォォォォォォォォォン!

  (ドゴォォォォォォォォォン!)
 
  (ドゴォォォォォォォォォン!)
 
  (ドゴォォォォォォォォォン!)

谺が響く。

30センチはありそうな発火炎と共に銃口から散弾が吐き出される。

銃声が鳴り響くと同時にウサギはコテンと倒れた。

馬の大きな嘶きが響く。馬たちがパニックになって大暴れしてる。あ、馬に乗ってた人が落ちた。あ、踏まれた。肋どころか内臓まで逝っちゃうんじゃない?

慌てた様子のルースさんが自分の馬の手綱を引きながら暴れる馬の手綱を取ろうと手を伸ばす。あーあ、人の言うことを聞かないから。

ルースさんが素早く暴れる馬の手綱を掴んだので、二度踏まれただけで済んだようだけど大丈夫かな?

あ、血を吐いてるね。折れた肋が胃にでも刺さったか?これは怪我治療Bポーションじゃなきゃダメだな。

「主、あれは主のぽーしょんで治りますか?」

「ウォルターは優しいね。馬から降りるように忠告したのに格好つけてツッパらかって怪我をしたんだから、面倒を見てやる義理は無いよ。」

ウォルターに言うと笑顔で俺を見る。

「主、私に嘘をついてもダメですよ。主があの人を心配している気持ちが伝わってきますから。」

ああ、従魔には感情も伝わっちゃうのか。ワルぶってもダメかい。

「ウォルターに使ったポーションよりスゴいのがあるんだけど、俺にしか作れないんだよね。それを使っちゃうとその後が面倒になる。だからどうしようか悩んでるのさ。」

そう、聖人や聖女と呼ばれる人たちの魔法と同じレベルのポーションを持ってるなんて知れたら、どんな事になるか分からない。しつこく付き纏われるくらいならまだ良いが、最悪拉致監禁拷問なんて事もあり得るからね。」

なのでとりあえずは様子を見る事にする。

踏まれた男は地面に倒れ、丸くなって腹を抱えている。咳き込みながら血を吐いている。顔色も悪い。出血による貧血を起こしかけてるな。

あ、誰か来た。物見櫓にいた最後の一人か?なんか大事そうに鞄を抱えて走ってる。あれか、救急箱的な何かか?

倒れている男に駆け寄ると、そうっと抱き起こす。鞄の中からポーションの瓶を取り出すと、血塗れの口に当てがい、慎重に流し込む。男も咳き込みながらもなんとか飲み下していく。

あれ、何のポーションだ?怪我治療Cポーションっぽいけどなんか色が薄いぞ?

「富丘さんの思った通り、怪我治療Cポーションです。ただ、かなり古い物なので薬効が半減しています。」

急に目の前にパネルが現れた。おおう、神眼さん、いつもながら急だね。しかし、賞味期限切れ?で薬効が半減って、あれ、マズいんじゃないの?

「怪我治療Cポーションですので、直接触れた部分にしか薬効は生じません。なので、折れた肋骨には効果はありません。

ですが幸い胃袋以外の臓器には損傷はないようですので、薬効が半減したポーションでも傷を塞ぐ事は可能でしょう。」

あ、じゃあ、もし肝臓や腎臓、腸などを損傷した場合は?

「その場合は体内で吸収され、血液に混ざったポーションが損傷部位まで届けば回復されます。

ただし、血液に混ざった状態ですので、薬効成分の量はごく微量になってしまいますので、回復効果も微量です。

何より、体内でポーションが吸収され血液に混ざるまでに数時間かかりますので、今回のような事故の場合、間に合わない事の方が多いです。」

そりゃそうだよね。じゃあ逆に、定期的にポーションを摂取して、常に薬効成分を体内にキープしたら、怪我した時に自動回復できるのかな?

「どのような薬もそうですが、摂取しすぎると身体の方が慣れてしまい、効果が薄れます。ポーションも同様です。」

なるほど。毎日一本ずつ飲んで、ってワケにはいかないのね。了解です。ところで神眼さん、提案があるんだけど。

「何でしょうか?」

このパネルでのやりとり、読み取るのが結構手間なんだよね。テキスト方式ではなく、音声案内に変更できないかな?

「分かりました。ルーテミス様に変更許可を申請します・・・・・・申請が受理されました。これより音声案内とテキスト方式での案内を任意に切り替えられます。なお、音声案内での会話は念話によるものとなります。」

おお、これは良い。では早速音声案内に切り替えをお願いします。

「音声案内に切り替えました。以後、念話による通話で起動します。」

「じゃあ早速なんだけど、神眼さんと呼ぶのは呼び辛いので、名前を付けても良いですか?」

「使用者の利便性を優先します。お好きな名前をどうぞ。」

「それじゃあ今から神眼さんではなく、アイと呼びます。AIっぽいからアイで。安直で申し訳ないんだけど、よろしくね。俺の事はマスターって呼んで。あと、アイとウォルターの二人での念話ってできるのかな?」

「はいマスター。私はウォルターとも念話による会話が可能です。」

「じゃあ、オープンチャンネルで三人いっぺんに会話できるように設定できるかな?」

「可能です。今から私が呼び出された時は常時オープンチャンネルになるよう設定します。」

「ありがとう。ウォルター聞こえる?今から俺の中にいるアイと三人でお話できるようになったからね。ビックリしないで。」

「承知しました。アイ、どうぞよろしくお願いします。」

「こちらこそよろしくお願いします、ウォルター。」

さて、怪我人の状況はどう?アイ、鑑定できる?

「怪我人を走査(スキャン)します。・・・・ポーションの薬効が半減しているため、傷が塞ぎ切れていません。このままだと出血多量により死亡します。」

うーん、自業自得だから見捨てても良いんだけど、それじゃあ寝覚めが悪いなぁ。しょうがない、怪我治療Cポーションを一本提供するか。 

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