むりょく

ホタル

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むりょく(2)

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 雨が降った。
 気まぐれな雲が時折降らせるポツポツという小さな雨だ。
 何てことはないどこにでもある、どこででも起こりうる気象。
 しかし今の彼らにとってそれは洪水であり、濁流であり、激流であり、荒波であった。
 同胞は流され、配偶者は捕らわれ、子供たちはさらわれた。
 自分が生きるので精一杯。
 誰かを助けるだなんてことは無理無茶無謀もいいところだ。
 それほどまでに彼らは無力だった。
 
 風が吹いた
 まるで春の訪れでも感じさせるかのような爽やかな、ゆったりとした心地よい風だ。
 何てことはないどこにでもある、どこででも起こりうる現象。
 しかし今の彼らにとってそれは暴風であり、台風であり、突風であり、凶風であった。
 住みかは飛ばされ、集会所は消え失せ、家々は失われた。
 自分が生きるのに必死。
 何かを守ろうなんて馬鹿馬鹿しい甘い考えは微塵も湧かなかった。
 それほどまでに彼らは無力だった。
 
 地震が起こった
 と言っても起こったことにすら気づかない程の軽いものであり、震度で言えば1程度しかない地震だ。
 何てことはないどこにでもある、どこででも起こりうる事象。
 しかし今の彼らにとってそれは強震であり、大震であり、崩壊であり、破壊であった。
 地は割れ、友は落ち、亡骸さえも消え果てた。
 自分を生かすので一生懸命。
 周りに割く思考リソースなんて存在しなかった。
 それほどまでに彼らは無力だった。
 
 今の彼らは無力だ。
 何も成せず、何も出来ず、何もやれない。
 今の彼らは無力だ。
 誰も護れず、何も守れない。
 今の彼らは無力だ。
 輝石を失い、
 軌跡を失い、
 奇蹟を失った。
 そんな彼らはどこまでも無力であり、どこまでも無気力であった。
 【緑】を失ったあの日から彼らはただ無力だった。
 力を求めて、知恵に溺れて、利便に溺死した。
 適切なサイクルを忘れて我欲のままに傲慢に【緑】から権能を奪い、強欲に任せて繁栄を続け、それでいて自分達は怠惰にかまけてなにもしてこなかった。しようとすらしなかった。
 
 目の前にあるのは天変地異。一つの世界の終末であり、終焉だ。悉くは崩壊し、決壊し、嘆きの果てに消え果てた。
 故に彼らは何者よりも無力だ。
 無【緑】であるが故に、どこまでも彼らは無力だった。
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