英雄譚

ホタル

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 五月十五日(月)午後十一時五十分
 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
 街灯がほとんど配置されていない真っ暗な道を俺は必死に駆け抜けていく。おまけに今日は雲が多いせいで月光の恩恵も薄く、一寸先さえ見えないような暗闇である。
 汗をたらし、息を漏らし、かれこれ四、五年近くまともに運動していない身体に鞭を打って走っている。
 理由は実にシンプルだ。シンプルすぎるくらいシンプルなくせして、日常生活じゃまず体験できない程に俺たち一般人には縁遠いものでもある。
 「うわっ」
 荒れたコンクリートに捨てられた空き缶を踏んで体勢を崩し、慣性のままに地面に打たれる。思わず自分のことは棚にあげてポイ捨て野郎に文句を垂れそうになるが、今はそんなことすらやっている暇はない。
 逃げなければ、早く少しでも遠くへヤツから逃げなければ。
 そう思って再び立ち上がろうとするも体力の限界なのかもう足腰に力が入らない。
 まずい、このままじゃ非常にまずい。
 だってこのままヤツがここにたどり着いたら、何一つ問題なくヤツがここに到着したら
 
 その時俺は死んでしまう。
 
 間違いなくヤツによって残虐に、残酷に少しずつなぶり殺されてしまう。
 右腕を見ると、先ほどヤツによって出来た傷から冗談みたいに真っ赤な血がまだ出ている。きっと追い付かれればこれ以上にひどいことを今度は全身にやられるに違いない。それだけは避けなければならない。
 動いてくれと念じても、やはり身体にはもう力は残っていないらしくまともに腰をあげることさえも叶わない。
 「何で、何で俺がこんな目にあってんだよ!誰が悪いんだよ!」
 どうしてヤツの存在に気づかなかったのか。それを思うと五分前の自分を絞め殺したくなってしまうのだった。
 
 同日 午後十一時四十五分
 「はぁー」
 それは本日五十回目のため息であった。そんなにため息を付く現状と、わざわざ自分のため息の数をカウントする自分に対して思わず五十一回目のため息を出してしまう。
 今日も今日とて残業であり、定時帰宅だなんて儚い夢は音もなく消えていってしまう。思えばそんな空想が、それでいて学生時代は当たり前だと思っていた絵空事が叶ったのはいつが最後だっただろうか。多分三年とかそのくらい前だった気がする。
 そんな今の自分の状況を形成した要因に思いを馳せると、ついつい五十二回目のため息が出てしまうのだった。
 
 そこそこの家に生まれて、そこそこの成績を取り続けて、そこそこの大学に入って、そこそこの会社に就職した。不平不満が一切ないほど満たされていた訳じゃないけど、何かを渇望したり、熱望したりするほど足りなかったわけでもない。受験勉強とかみたいな辛いことはあったけど楽しいこともそれなりにあって、トータルで見たら人生上手くいっている勢に加入できると充分言えた。
 でもそれは、そんな俺のそこそこに充実した人生はいともあっさりと崩壊していった。
 きっかけは俺が入社したそこそこの会社だった。最初はなんの問題もなかった。馴染むには多少時間がかかったけど、それも数ヶ月ぐらいの話でその後は特に問題なく仕事と人付き合いを上手くこなしていた。
 だけどそこに問題が発生した。
 三年ほど前、俺の上司が仕事でポカをやらかしてしまったのだ。大事な会議で使う大事な資料を忘れてしまう。そんなくだらないB級ラブコメ小説の冒頭みたいな実にくだらない些細なポカを。
 でもその影響は全然くだらないものじゃなかったし、些細だなんてとても言えるようなものじゃなかった。うちの会社はライバル会社に一気に仕事を奪われ危うく倒産、とまでは言わなくともリストラを本気で考えなければならないほどに追い詰められてしまった。危機的状況をなんとか回避しほっと息を着くのもつかの間、俺にとっては悪夢の、はぁーと息を付く時間が始まってしまったのだった。上司のミスは全面的に部下のミスだなんて理不尽がまさか本当に起こるだなんて、流石に予想していなかった。
 そんな訳で今の俺は厳罰をかけられ、周囲の人からも無能扱いされるというなかなかにキツイ状況に立たされたのだった。
 
 回想を終え、改めて今の状況を考えてみると、なんだかむかっ腹がたってくるのを感じた。別に自分のミスじゃないのにその責任をとらされ、理不尽な事情によって自分が無能扱いされている。
 「チクショー、ふざけんなよ」
 自然に出てきた言葉はその勢いを心の中で加速させ、止めどなく口から外に出てこようとする。
 「何で、何で俺がこんな目に遭わなくちゃいけねえんだよ!」
 自分の身体が怒りで熱くなるのを感じる。今まで押し止めていた醜い感情を全部吐き出したいという欲求の高まりを心が感じる。
 「アイツら全員ぶっ飛ばしてやる!俺をバカにしているすべてのやつをぶっつぶしてやる!!」
 ドス黒い感情はあとからあとから溢れ出てきて、俺は独り狂気の中で叫び続ける。
 
 だからだろうか、俺がその時目の前に佇む影の存在に気づかなかったのは。
 影はそのまま俺に一歩ずつ近づいていき、そうして充分に近づいた所で無造作にその右手を振り上げて
 「ワルイガオマエニハシンデモラウゾ。ワガソウゾウシュニシテ、ワガヒョウテキ。ソノナヲ【アイカワソウジ】」
 そう言って手を振り下ろして、恐ろしいほどに友好的に肩にその手を置いたのだった。
 「はあっ?んだよ、誰だよテメー。人に馴れ馴れしく触ってんじゃねーよバカが!とっとと消え失せろ!このボケ!」
 触られてはじめて気づいた影の存在に少し驚いたものの、すでに感情のブレーキが壊れている俺、【相川宗二】は影に向かって普段では考えられないほどの勢いでメンチを切った。どうせこいつも俺と似たような社畜か、くだらない酔っぱらいだと思ったからだ。
 だが目の前の影は俺に一切怯むことなく、どころかむしろカラカラと乾いた笑いさえ出してきた。
 (ふざけんなよ、何でこんな見ず知らずのくそ野郎にまで笑われなきゃいけねえんだよ)
 もともとあった怒りが更に激しく燃え上がり、それに比例するように自分の目がギラギラしていくのを感じる。
 そんな自分の感情が暴走していく中で一ついいアイデアを思い付いた。
 (そうだ、むしろこれはちょうどいいんじゃねえのか。今ならこいつに対してこのむしゃくしゃした気持ちを全部拳に込めてぶちこんでも、それをするだけの理由がある。もちろんやりすぎは出来ねえが、イライラしている時に酔っぱらいに絡まれたと言えば警察のクズどもも必要以上の懲罰を下してこねえだろうよ)
 壊れた理性の中、壊れた脳が身勝手な理論を組み立てていく。今振り返って考えてみればどう考えても破綻しているご都合主義の暴論さえも、このときの俺には非の打ち所のない正論のように思えていた。
 そうして数秒ほど逡巡した後、俺は右拳を爪が食い込むほど強く握りしめてから大きく振りかぶり、
 「くたばれ、このごみ野郎がーーーーーーーー!!」
 全力でその拳を振り抜いたのだった。
 しかし、伝わってきた手応えは頬を殴ったソレではなく、相手の鼻っ柱に拳をぶちこんだソレでもなかった。
 このとき俺が感じた感触は、硬くてゴツゴツしたものに握られたようなモノであり、圧倒的な力によって強引に止められたかのようなモノであり、
 それはつまり、
 「てめえ、何で俺の拳をこの距離で、この近さで易々と平然と受け止めてんだよ、あぁぁぁ!」
 俺が打ち込んだ拳を目の前の影が平然と左手で掴み止めているということを指すのだった。
 「オカエシシテモイインダヨナ!ジブンカラシカケテクルトイウコトハ、ツマリソウイウコトナンダヨナ!」
 影は明らかに声音を上げて、喜びの感情を表に出してくる。肩に置いてた右手を離し、そしておもむろにその手を振り上げると、
 
ザシュッ
 
 なんのためらいもなく今だ掴んだままの俺の右腕めがけて振り下ろしたのだった。
 「ウワァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーー!」
 肘の上辺りに生まれた傷口からは鮮血が流れ出てきて、モノクロだった世界に深紅の色合いが追加される。感じたことがないレベルの痛みを受けて思考がまともに働いてくれなくなる。
 目眩と吐き気に襲われながら顔を上げてみると、視界に写るのは口を横に広げて残忍そうに笑う影の顔。
 直感が、本能が俺のなかで警鐘を鳴らし悲鳴をあげ、一つの解を叫び続ける。
 
 こいつはバケモノ、逃げなきゃダメだと
 
 どう考えても異質で異常。こんなヤツが正常なはずも普通なはずもない。そもそもこんな真っ黒な怪しいやつに肩をさわられた時点でコイツの気味悪さに気づいておくべきだったのだ。
 そうやって後悔を重ねようとした瞬間、ヤツは再び右手を振り上げて笑いながら、
 「コンドハヒダリテヲモラウゾ、ソノツギハミギアシ、ヒダリアシ、ハラ、クビノジュンバンデキリキザンデイコウ!タノシイナ!、タノシイナ!」
 などと話してくる。
 (まずい、まずい、まずい、まずい、まずい、まずい、まずい、まずい、まずい。このままじゃコイツにいたぶられて死んじまう。どうにかして逃げねえと)
 必死に頭を回すもいい考えは思い付かず、ヤツはそんな俺の苦悩する様子を楽しんでいるかのようでさえある。
 「サア、モウジュウブンニカンガエタカ?モットモドウアレオマエノヒダリテヲキラセテモラウガナ」
 ヤツはニヤニヤと笑うのを止めて、俺に向かってその右手を振り下ろしてくるのだが、それを俺は
 「そう簡単にくたばってたまるかよ!」
 身体全体を右に傾けることでギリギリの所で何とか避ける。左腕のすぐ横を通り抜けていったヤツの右手が風を薙ぎ、その風圧にそのまま投げ飛ばされてしまうも、おかげで距離をとることが出来た。俺は痛む右腕を庇いながら何とかしてヤツから全速力で逃げてきたのだった。
 
 
 五分前から続く狂劇を思い返し終わり、本日五十三回目のため息を吐くも足腰は依然として限界のままで、もうこれ以上逃げる術が思い付かない。一応曲がりくねった道をできるだけ走ったつもりだが、ヤツは間違いなくバケモノの類いだ。そんなちゃちな手段で逃げ切れるほど甘くはないだろう。
 「あーあ、終わったな俺の人生」
 先ほどまであった生への執念も、ここまで打つ手がなくなってしまっては消えるというもの。執着心は霧散してあるのはただただ諦めの念ばかりだ。
 「こんな理不尽なゲームオーバーなんざどうしようもねえだろう。おれなんかにはよ」
 自虐的な独り言を呟いていると後ろからコツコツと足音が聞こえてくる。間違いなくヤツのものであり、俺の人生の最期を告げる音でもある。
 振り替えるとそこに立っていたのはやはり全身真っ黒なヤツであり、その顔には先ほどまでと変わらない残虐そうな笑みを浮かべている。
 「いいぜ、もう。煮るなり焼くなり好きにしろよ。どうあがいてもお前からは逃げられなさそうなんでな」
 そう言うとヤツはいっそうその笑い声を大きくしながら近づいてきて、そうして射程範囲までくると俺に向けてその右手を振り上げ
 「サラバダナ、【アイカワソウジ】」
 そう呟いて右手を振り下ろしたのだった。
 
 流石に怖くて俺は目をつぶっていたが、来るはずの痛みはなかなか訪れない。
 (どうした?まさか俺が諦めたからせめて楽にと思いながら殺してくれたのか?ってことはもしかして俺もう死んでんの?)
 そう思って恐る恐る目を開き、顔をあげるとそこには、
 「はあっ?どうなってんだ?ってかお前誰だ?」
 月白色のパワードスーツのようなものに身を包んだ誰かが、本来ならば俺の身体を両断していた右手を掴み止めていたのだった。相当この白スーツは強く握っているのか、ヤツの方は痛みに身体を悶えさせている。
 「あっ、大丈夫そうなら早く逃げてくれますか?誰かを守りながら戦えるほど器用じゃないので」
 振り返ってから軽いテンションで俺にそう告げてくる白スーツ。守ってくれる意思はあるみたいだし、悪いヤツでもなさそうなんだが、如何せん何者なのか分からない。
 「あのっ!聞こえてます?動けそうなら早くどいてください。もしそうでないならそう言ってください。何とかするので」
 「えっ、あぁ悪い。大丈夫だ。少し時間はかかりそうだけど、自力で抜け出せる」
 「いやっ、時間かかるんならもう俺がコイツを何とか速攻で倒すので!ちょっと待っててくださいよ、そこからあまり動かないでいてください!」
 白スーツはそう言うと、掴んだままの影の右手を強く身体に引き寄せたかと思うと、次の瞬間大きく身体を前に押し倒した。その流れるような、目にも留まらぬ一連の動作のピリオドはドサッという影が倒れる音。
 白スーツはそのまま影の前に立つと大きく右手を振り上げ、そのまま何かの詠唱めいたものを始める。
 「月の力よ、我が手に集え。
 我は悪しきものを薙ぎ払わんとする者
 全ての怨嗟と悲劇を断つ者!!」
 そう言った瞬間、白スーツの右手には何かよく分からない白く光る粒子が集まっていく。数が増すほどその輝きはいっそう強くなり、最終的にはまばゆい一つの光源となる。
 「ハァァァァーーーーーーー!!!」
 白スーツはそのまま光そのものとなった右手を、未だ倒れるヤツに向けて矢のように打ち出したのだった。
 「グェッ!グェェェーーーー!!」
 影は悲鳴をあげながら派手に、それでいて何故だかゲームっぽく爆散していった。影の残骸なのだか、よく分からない黒色の粒子を白スーツは吸収し、そして何かを思案している。
 一方俺はといえば、完全に腰が抜けていた。ついさっきまではいつもと変わらぬ残業帰りの日だったのに、謎の酔っぱらいに絡まれたかと思えばその酔っぱらいは人間ではなくて、危うく殺されそうになり、必死に逃げた後に死を覚悟したと思えば謎の白スーツに助けられる。こんな激動をモノの数十分の間に体験したのだ。誰だってそうなるだろう。
 (とはいえ、一応礼は言わなきゃ駄目だよな……人として)
 目の前でまだ何やら考え込んでいる白スーツは完全に謎の存在だが、それでも命の恩人であることに変わりはない。
 「なぁ、あんた。誰だか知らねえけど助かったよ。ありがとな」
 「えっ?あぁ別にいいですよ。そんなことより、あなたは何についてそんなに負の感情を覚えていたんですか?」
 「なっ、何だよ急に!どうして俺がマイナスな気持ちを何かに抱いていると思うんだよ!」
 急に見透かしているかのような白スーツの質問に俺は思わずたじろいでしまう。しかし別にそんな意図はないのか、白スーツは後頭部をかきながら少しめんどくさそうな様子で言葉を続けてくる。
 「実はさっきの影は【黒霊】と呼ばれる人に仇なす異形のものなんですよ。ヤツラは人の心の中の闇や病みから生まれてきて、まずは自分を産み出した人間を喰らいます。そうすることで本当の意味での自我と知恵を手に入れ、その後からは人を無差別に襲うようになります。さっき倒したヤツはまだ言葉も片言で、知能も未成熟でした。だからたぶんあの影の創造者はあなたなんですよ。あなたの心の中の負の感情があのバケモノを産み出したんですよ」
 「いや、そんな馬鹿なことがあってたまるかよ!俺の負の感情が具現化して、あんな人殺しモンスターが出来上がったって言うのかよ?冗談にもほどかあるぜ」
 「信じるか信じないかはあなたに任せますよ、俺は。でも事実はそうです。それにあなたが何かに狂的に苛立っているのもまた事実ですよね」
 「なっ、だから何でそんな風に…」
 「あなたの反応を見りゃ誰でも分かるでしょそんなの。どう考えてもあなたこの会話が始まってから少し余裕無さすぎです。それなら何かあるなと考えるのが自然の流れでは?」
 完全に正論だった。確かにさっきの質問に対しての俺の回答はあまりに余裕が無さすぎた。
 「もう一度聞きますけど、あなたは何に対してそんなに負の感情を抱いてるんですか?」
 「俺は…、俺は………」
 それから俺は結局全てを話した。会社での辛い現状についても、今のストレッサーについても。おおよそ俺が話せる恨み辛みに関することは全部話した。その間、白スーツは黙って聞いていた。特に相槌を打つでもなく、いちいち話を止めて質問をすることもなくただただ黙って聞いていた。
 そうして話し終わったあと、白スーツは一つため息をついてからおもむろに口を広げた。(もっともフルフェイスマスクをつけているから口は見えないわけだが)
 「状況は理解しましたが、これは俺にもどうしようもなさそうな案件ですね。さして社会情勢や会社内の人間関係、ヒエラルキー事情に明るくない一介の高校生が偉そうに講釈垂れても説得力皆無ですし」
 「えっ!ちょっと待って。君、高校生なの?」
 聞き捨てならない単語がさりげなく会話に織り込まれていた。
 (いやまさか、あんなバケモノを圧倒した謎のスーツの中身がただの高校生なんてそんなことあるわけないよな。うん、きっと聞き間違いだろう。そうだろう)
 しかし、白スーツはものともしないような調子でいたって軽く、
 「はい、そうですけど。それが何か?」
 と告げてきたのだった。
 「いやいやいやいや、ちょっと待ってよ。何かい?それじゃあ君はただの、普通の高校生だというのにあんなバケモノ、確か【黒霊】とかいうやつと戦ったというのかい?」
 「えぇ、そうですけど。あのっ、さっきからどうしたんですか?」
 なんだかちょっと耳鳴りがしてきた。グワングワンって音が鳴り止まず、目の前のこいつが何を言っているのかがうまく理解できない。
 しかし、俺は自分の心の中のシンプルな疑問を口に出す
 「何で、何で君はそんなことが出来るんだい?傷つくかもしれないんだよ!誰からも感謝なんかされないんだよ!なのに、なのにどうしてそんな風に戦えるんだい?」
 彼は少し考えるようにして、しかしやはりあっけらかんと言葉を返してきた。
 「そりゃ怖いし辛いのは事実ですよ。でも、自分に戦えるだけの力があって、その力で守れる人や救える人がいるのなら、それはもう戦うしかないじゃないですか。
 目の前に変えたい現実があるのなら、その現実と戦えるだけの力が自分にあるのなら、逃げてたってなんにもならないですからね」
 
 そうか、そうだったのか
 俺はこのときになってようやくこの白スーツという人間についてわずかばかりではあるが理解を示すことが出来た。
 (まだまだ若いつもりだったけど、俺ももうすっかりおっさんだな)
 「えっと、あの、なんか偉そうに語ってしまってすいません。肝心のあなたの闇についてはなんの解決方法も出せていないって言うのに」
 「いや、もう大丈夫だよ。流石に今すぐとまでは行かないだろうけど、それでもちゃんと君に救ってもらったから」
 「えっ!本当ですか?それならまあいいですけど」
 「というか君、学生なら早く家に帰らないと深夜徘徊で補導かかっちゃうんじゃないの、俺のことはもう充分助けてもらったから、心配せずに早く帰りな」
 「それじゃあ気をつけて帰ってくださいね」
 白スーツはそう言うと、しなやかな身のこなしで住宅地のある方へと駆けていく。いつの間にか晴れた雲から覗いた月光が跳ねるように舞う白スーツの姿を演出し、白く輝いていて美しく目に写る。
 「さてと、それじゃあ俺も帰りましょうかね」
 何だかんだあったといっても明日は必ずやって来る。明けてほしくない夜も、止んでほしくない雨も必ず俺の期待を裏切って、俺に外へ出ることを強要してくるのだ。
 力を使い果たした身体はまだまだきついけど、それでも立ち上がれるぐらいには回復していた。
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 闇より生まれ出で、病みに跋扈する【黒霊】と戦う月白色の希望の戦士【月影】の物語
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