君のとなりにいる僕

結紀

文字の大きさ
上 下
10 / 20

第十話

しおりを挟む
 何度考え直しただろう。何度思い留まろうとしたのだろう。
 これが本当に正しいのかも分からない。ただ、苦しさから逃れたかった。
  
 僕は震える手でようやくその一言を打った。
  
 『今日の夜会えますか?』
  
 しばらくして既読がついた。
  
 『何かあった?みつるん』
  
 貴一さんから返事が来た。
  
 『ちょっと、話したいことがありまして』
  
 もう、後には引けない。彼から返信が来るまでの間が永遠のように感じられた。

 『わかった』 
 
 胸が張り裂けそうだ。もう決めたことなのに、心が揺らぐ。でも、あと少しでこの苦しみから解放される。  
 僕は歩き出す。

 さあ、行こう、彼が待っている。

 ✱

 「おつさま、みつるん」  

 いつものように優しく笑って僕を迎えてくれる貴一さん。
 だめだ、泣くな。堪えろ。僕が勝手に決めたことなんだ。離れるって、決めたんだ……。
  
 ピンポーン

 貴一さんの部屋のチャイムを鳴らす。

 『はい。あ、みつるん。今開ける』

 ガチャリ、と扉が開く。

 「お疲れ様です、貴一さん」  

 僕は緊張と涙を堪えるような声を喉から絞り出す。
  
 「あまり時間が取れないからここでもいい?」
  
 貴一さんは、部屋から出て僕らは玄関先で話し始めた。

 「大丈夫です、すぐに済みます」
  
 俯きながらそう伝える。だめだ、彼の顔が見れない。
 彼に別れを告げよう、そう決心したのに。言葉が出ない、出したくない。

 だって本当は……。

 「ちょうど俺も話があってさ」
  
 不意に貴一さんがそう切り出す。

 「え……?」
  
 胸騒ぎがする。鼓動が早まる。
 まさか、でも。
  
 「こうして病院以外でみつるんと会うことはもうない」  
 「俺とみつるんは担当医と患者だ。それ以上でも以下でもない」  
 「で、みつるんは?何の話だった?」  

 何も考えられない。それは僕が言うはずだった言葉だ。なのに彼からその言葉を聞いて、僕はただ呆然と立ち尽くしていた。

 「同じこと考えてた?」  

 彼の言葉が何も聞こえない。何か言ってんのかな。いつもはあんなに心地良い彼の声なのに今は何も耳に入らない。呼吸が浅くなる。音が遠のいていく。頭は先程の言葉だけ反芻している。
  
 もう、会うことは、無い。 
 
 「話は終わりだな、じゃ」

 僕は部屋へと戻っていく貴一さんの背中をただ、見ていた。

 ガチャリ。

 静寂が耳を支配する。だから、余計に悲しくなった。
  
 何だ、同じこと考えてたのか。いや、正確には違う。僕は彼が好きだ。今でも。
 ただ、胸の苦しみに耐えられなくて彼を独り占めしたくて出来なくて、もがいていた。  
 でも、彼は僕とは違ったんだ。  

 「はは、なんだ……」 

 彼には、僕が必要なかったんだ
 
 いつもみたいに降り積もる雪が、僕の心も埋めてしまえばいいのに。
 そうしたら冷たくて、まっさらで、悲しみなんて感じない心になれるのに。
  
 今夜はよく晴れた夜空だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サプライズ~つれない関係のその先に~

北川とも
BL
上からの命令で、面倒で困難なプロジェクトを押し付けられた先輩・後輩の間柄である大橋と藍田。 大らかで明るく人好きする大橋とは対照的に、ツンドラのように冷たく怜悧な藍田は、互いに才覚は認めてはいるものの、好印象は抱いてはいなかった。しかし、成り行きで関わりを持っていくうちに、次第に距離を縮めていく。 他人との関わりにもどかしいぐらい慎重な三十半ばの男同士、嫌でも互いを意識し始めて――。 表紙イラスト:ぬるめのおゆ。様

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

馬鹿な先輩と後輩くん

ぽぽ
BL
美形新人×平凡上司 新人の教育係を任された主人公。しかし彼は自分が教える事も必要が無いほど完璧だった。だけど愛想は悪い。一方、主人公は愛想は良いがミスばかりをする。そんな凸凹な二人の話。 ━━━━━━━━━━━━━━━ 作者は飲み会を経験した事ないので誤った物を書いているかもしれませんがご了承ください。 本来は二次創作にて登場させたモブでしたが余りにもタイプだったのでモブルートを書いた所ただの創作BLになってました。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...