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確執

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   ヴィルヘルムは激怒していた。怒りで手が震える。大声で怒鳴り散らして、すべてに八つ当たりしたい気分だった。
  事情を聞き出したあと、ゾイを連れ去ったのがマーカスだということを直感的に悟った。筋骨隆々の体格で、蛇のような細い目の男といえば、思い当たる人物は一人しか居ない。マーカスがゾイをどうにかして連れ出した。その事実に、ヴィルヘルムは耐え難いほどの怒りを覚えていた。
  
  店を飛び出し、怒りに任せて走り出そうとして、何とか冷静になろうと努める。ここで感情に呑まれてしまえば、マーカスの思うつぼだ。何としてでもゾイを助け出さなければならない。奴の思惑が何であれ、だ。

  マーカスは一体どこへゾイを連れて行ったのか。奴が好みそうな場所は。考えろ、考えろ。通行人が訝しげな目で見てくるのも気にせず、ヴィルヘルムは自分の世界に入り込んだ。思考をフル回転させ、記憶の糸を辿っていく。ある考えに思い当たったとき、ヴィルヘルムは駆け出していた。


  その地点からそう遠く離れていない場所、建物の影にひっそりとそれはあった。扉を蹴破る勢いで中に入ると、たちまち喧騒が彼を取り巻く。遠くに流れる上品な音楽と、混み合う店内。
  漂う酒の匂いに辟易しながら、ヴィルヘルムは店内を歩いた。すぐ横を、ほとんど半裸といっていい格好の女が物凄い速さで通り過ぎていった。そこかしこで、酔っ払った男女が肌をさらけ出して交合っている。

  ここは、マーカスの行きつけのパブだった。以前にも一度だけ訪れたことがある。良好とは言い難いお互いの関係を正したかった。だから、言われるままにマーカスに着いていった。結局、和解はできなかったうえマーカスの分のツケを払うよう促されたところで、喧嘩別れに終わってしまったのだが。
  マーカスはその後も、わざわざ館まで足を運び、パブの「馴染み」になるよう勧誘してきた。目的は分かっている。ツケを肩代わりさせようとしているのと、単純にヴィルヘルムへの嫌がらせだろう。奴はそういう男だ。

  回想に浸りながらも、注意深く店内を見回していると、壁際の席に見知った顔があることに気がついた。迷わず、そちらへと足を進めていく。談笑していたその3人組は、猛然と近づいてくるヴィルヘルムに気がつくと、顔を青ざめさせた。

「あ、アンタは……」
「知っていることを教えてくれ。いや、すべて吐け」

  先日、ゾイを路地裏で取り囲んでいた男たちだ。ヴィルヘルムは、ゾイに仇なそうとする男らの顔を、一人一人しっかりと記憶していたのだった。

「いっ、いきなり何なんだよォ!」
「俺たち何にもしらねえよぉ」

  情けない男たちの鳴き声は、ヴィルヘルムが机を殴る音でぴしゃりと止んだ。

「もう一度言うぞ。何を知っている?今すぐ、すべて、白状しろ」

  地を這うような低い声に、店内の温度も下がったような気さえしていた。
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