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ざわつき

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   「エラド…人?」

  書庫の絨毯に、ゾイの呟きが落ちて沈んだ。隣に座るヴィルヘルムが身を乗り出してくる。

「ああ。この本によれば、緑の瞳を持つ種族はエラド人しか該当しない」

  見開きのページには、エラド人と思しきイラストが載っていた。肌は浅黒く、彫りが深い顔立ちで、そして瞳は緑に彩色されていた。ゾイは、イラストの下の説明を目で追っていく。

「南の土地で暮らす…温厚な種族。自然を信仰し、慎ましい生活を送っている…」
「彼らは純粋無垢な存在であり、独自の文化を築いていた。また、彼ら独自の医療や娯楽については興味深いものがある」

  言葉尻をとらえて、ヴィルヘルムが後に続けた。読み終えたあと、ゾイの顔を覗きこんでにこりと微笑む。

  エラド人は、善良な民達だったという。独自の伝承を用いて人々を癒すために生き、その善良さゆえに悪人に目をつけられ、狩られ、遂には滅ぼされてしまった、と本には記載がある。
  ゾイも、ヴィルヘルムの顔を見た。彼は清々しい笑顔を浮かべていた。

「これって…」
「ああ。特徴的にも一致しているし、君はエラド人の最後の生き残り、つまり末裔だ」

  浮かんできた感情を、どう受け止めればいいのか分からなかった。胸の辺りがむずむずと不思議にざわついている。
  今まで知らなかった出自が判明した喜びと、その同胞たちが既にいなくなってしまっていることへの寂しさが、一度に去来した。

「詳しいことはこれだけでは分からないな。今度、街で調べてみようか」
  
  黙り込んだゾイを見てどう思ったのか、ヴィルヘルムが肩に腕を回してきた。心地よい重みがゾイを安心させる。

  ゾイは、見たこともない南の土地に思いを馳せた。太陽の光で輝く青い海。美しい地平線。青青とした緑の木々たち。母もその土地で幼少期を過ごしたのだろうか。
  イラストに描かれるエラド人の人々は、楽しそうに笑顔を浮かべ、お互いを見やっている。その絵を見ていると、ゾイの心は風を受けて擦れ合う葉のようにザワザワと音を立てるのだった。
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