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不穏
しおりを挟む信じられなくて、暫し呆然とする。その間も、視線は石に釘付けだ。自分の瞳の色が珍しいものであることは理解していた。しかし、それを綺麗な石の色に喩えてくれる人物は、ゾイの人生には居なかった。
石を眺めるゾイを見て何を勘違いしたのか、ヴィルヘルムは驚くような提案をしてきた。
「気に入ったか?買ってやろうか。この石はいくらだ?」
「っえ、ちょっと…」
「兄ちゃん、お目が高いね。そいつはこの店一番の高級品さ。翠は希少品なんだよ。希少価値からいっても30万デリーだな。これ以上はびた一文でも譲れねぇ」
「さ、さんじゅっ…」
予想を遥かに上回る値段に驚愕する。ゾイが取引された値段よりも、この緑の石の方が高いのだ。
「ヴィル様っ!やめてください!こんなに高価なもの、いらないですっ」
「む…そうか?」
屋台から無理やり引き剥がして来た道を戻っている途中も、ヴィルヘルムは名残惜しそうに後ろを振り返り見ていた。
その後も風変わりな二人は市場を楽しんだ。動物の毛皮でできた羽織もの、装飾のついた髪飾り、手作りの食器。商品の一つ一つを手に取り、矯めつ眇めつ確認していく。気に入ったものがあれば買う予定でいたが、時刻も過ぎた昼下がり、いまだヴィルヘルムを満足させる品物は現れなかった。
品物選びに熱中したヴィルヘルムは、諌める従者の声も聞かず早足で歩き回った。そもそも歩幅が違う。ヴィルヘルムが周囲を気にせず歩けば、彼はあっという間に群衆の中に紛れてしまった。かくして二人は広い市場の下、離れ離れになったのである。
*
お客さん、これからデートですか。それならうちで花でも買っていきませんか。出会い頭で渡せば、お相手もきっと喜びますよ」
「うーん。いい匂いだ。ゾイはどう思う…」
後ろを振り返ると、そこには居るはずの人間が居なかった。軒先を出て辺りを確認するが、彼の従者の姿は見当たらない。ゾイとはぐれてしまった。ヴィルヘルムはその場に立ち尽くした。
真っ先に込み上げてきたのは、心配だった。ゾイはどこにいるのか、誰かに絡まれてないか、最悪の想像ばかりが頭を過ぎる。
冷静になれ、と自分に言い聞かせ、ヴィルヘルムはひとまず来た道を引き返すことにした。
「……………師団長?」
懐かしい名前を耳にしたのは、その時だ。咄嗟に顔をあげた先には立派な体格の男が立ちすくんでいた。
まるで亡霊を見たかのような表情のあと、男の顔が紅潮していく。
「やっぱりそうだ…!ヴィルヘルム師団長ですよね!?」
「あ、ああ…元だが。君は…」
「おれっ、元第二師団のアレックスっす!覚えてますか?」
「勿論、覚えている。久しぶりだな…元気にしていたか?」
「はいっ。もうめちゃくちゃ元気です」
まだ若いその青年は、浮かない顔をしているヴィルヘルムにも気づかず自身の近況を語り始めた。焦りで苛苛としながらも、青年の話を強く押し切ることができない。
そもそも、騎士団のことは忘れたい過去として記憶の海に封印している。かつての仲間など、その象徴だ。今更、ひよっこりと顔を出して人生に介入されても困る。今のヴィルヘルムは、ゾイという存在を手にして確実に変わっているのだから。
「こっちはこんな感じで…毎日大変ですけど楽しいです。師団長は、もう騎士団には戻らないんですか?」
「え?」
「当時から師団長の強さは別格でしたからね。戦地で敵をバンバン薙ぎ倒す姿なんてそりゃもう…」
「やめてくれ」
突然、響いた声に往来の人々までが足を止めた。ぴしり、とアレックスが固まる。注目されているのを感じる。喧嘩を期待した野次馬まで集まってきた。
ヴィルヘルムは拳を固く握りしめ、大きく深呼吸をした。
───闇に呑まれそうになったヴィルヘルムを掬いあげたのは、微笑むゾイの記憶だった。
「…すまないが、私はもうあそこに戻るつもりはない。金輪際」
次に顔をあげた彼の視線には、決意の光が宿っていた。
「皆に宜しく伝えてくれ」
堂々とした足取りで群衆をかき分けると、彼は人混みに紛れて消えていった。
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