寝不足貴族は、翡翠の奴隷に癒される。

うさぎ

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悪い朝

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   ──轟音が聞こえる。

  誰かの呻き声。噎せ返るような血の匂い。空は灰色に汚れていた。
  道を歩いているはずなのに、身体の感覚がまるで無かった。
  路傍で山のように積み重なっているのは、かつての仲間たち。無残な姿を見ても、胸が痛むことはない。それどころか、心臓の動きすら感じることができない。

  不思議に思って、自身の胸に目をやると、そこにはそもそも心臓が無かった。

  ───心臓があるはずの部分には、大きな大きな黒い穴が、ぽっかりと口を開けて存在していた。




  声にならない叫びをあげて、ヴィルヘルムは飛び起きた。

「はあ…はあ…」

  肩で大きく息をする。窓の外は明るく、時刻が朝であることを示していた。
  胸が大きく高鳴っている。額には薄らと脂汗をかいていた。
  
  ──久しぶりの悪夢だった。
  ここ最近は寝付きも良く、何の問題も無かったのに。夢で見た風景が、くっきりと脳に焼き付いている。
  
  広い寝台の上で、ヴィルヘルムは思考の荒波をやり過ごした。拳を握りしめて耐えなければ、暗闇に飲み込まれてしまいそうだった。
  
  息を整え、頭が落ち着いてくると、喉が乾いていることに気がついた。何か飲み物が欲しい。
 
  その時、こんこんと寝室の扉を叩く音がした。

「おはようございます」

  室内に入ってきたのはゾイだった。無意識に、ほっと息が漏れる。

「あ、ああ。おはよう」
「朝ごはんが出来ました」
「分かった、直ぐ行くよ」

  気を取り直して寝台を降りたヴィルヘルムは、ゾイの様子がおかしいことに気がついた。
 ゾイは感情表現が控えめで、何を考えているのか分かりにくい時もあるが、これだけ同じ時を過ごしていれば普段と違うことくらい察することができる。
 彼は室内に入ってきたときからソワソワとしていて、会話の最中も目が一度も合わなかった。
  
  理由を探るため記憶を辿って、思わずあっと声を出しそうになった。──昨晩の顛末を思い出したのだ。

  読み聞かせで夢心地になったヴィルヘルムは、ゾイを自身のベッドに引きずり込み、抱き枕よろしく後ろからかかえて眠りについた。いまでも、柔らかい肌の感触がまざまざとこの手に蘇ってくる。


「………っ先に行ってますね」

  そう言い残して部屋を出ていくゾイの頬は赤に染まっていた。
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