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ゆめのなか-2
しおりを挟む「この本は幼いときによく読んだな。主人公の少年が魔王を倒すため、冒険に出る物語だ。当時都で流行ったんだ。こっちは歴史書だ。この国の歴史が事細かに書かれている」
その本は…そこにある分厚い本は…。
ヴィルヘルムは四方を指さしながら、早口で解説しだした。生き生きとして楽しそうなヴィルヘルムに、自然とこちらも胸が高鳴る。
「ヴィル様はここの本を全部読んだのですか?」
「まさか」
相好を崩してふっと笑うヴィルヘルムに見とれる。彼はあまり笑わない人物だった。
「全部読もうとしたら先に寿命が来てしまうよ。面白いことを言うなあ」
「面白いですか…?光栄です」
「はは、どういたしまして。ゾイはどんな本を読むんだ?」
ゾイはさっと目を伏せた。
「あの…まだ難しいものは読めなくて、子供向けの本を読んでます…」
「ふぅん、例えば?私にも見せてくれ」
てっきりバカにされるものだと思っていたゾイは拍子抜けした。そして、また思い出すのだ。ヴィルヘルムが無知や無学をバカにするような人物ではないということを。
「例えば…これとか。挿絵が多くて、とても分かりやすいんです」
さっきまで読んでいた本をパラパラと捲って見せる。ヴィルヘルムはいつの間にか席を引いて、ゾイの隣に収まっていた。
「童話か…面白そうだな」
「はい。文字も大きいし」
すぐ近くに彼の存在を感じて、ゾイはどこか舞い上がっていた。とにかく本が読みやすいことを分かってほしくて、一節を読みあげる。自分でもすらすら読むことができるんだ、ということを示したかった。
「………君の声はとても聞き心地がいいな」
「へ!?そうですか?」
「ああ…もっと聞きたくなる。続きを読んでくれないか」
嬉しくなって、また声に出して読み始める。ヴィルヘルムが聞きやすいようにゆっくりと、声のボリュームを大きくして。
室内には、元奴隷が公爵に絵本の読み聞かせをする謎の光景が広がっていた。
「熊さんは森に…」
しばらく音読をしていたゾイは、肩に感じた重みから我に返った。
…乗っている。ヴィルヘルムの頭が、肩に。
ヴィルヘルムがウトウトと微睡んでいたのだ。ゾイは激しく動揺した。眠っているヴィルヘルムの姿を初めて見た。肩の重みに動機を乱しつつ、起こさないように固まるしかない。
心臓が大きく高鳴っている。横目で盗み見たヴィルヘルムの寝顔は彫刻のように綺麗だ。長い睫毛が、白い顔に影を落としている。やはり、彼のような美しい人間は見たことがない。
ゾイは、間近で見るヴィルヘルムの寝顔に心をかき乱される一方で、どこか安心もしていた。
ヴィルヘルムが十分な睡眠を取れていないことには、薄々気づいていた。
秀麗な顔に刻まれた深い隈。どこか覚束無い足取り。一緒に食事をしているときや、会話をしている最中、眠そうな顔でウトウトしているのを見たこともあった。彼は眠りたいのに、眠れないのだと思う。そしてそれができない特別な事情があることも、ゾイは何となく勘づいていた。
このままそっとしておくか、いやでも肩の疲労も限界に近い──、悶々とするゾイの横で、ヴィルヘルムの頭が動いた。
「ん………………はっ」
目が覚めたようだ。頭を起こしたヴィルヘルムは、呆然とした顔で目を瞬かせている。
「おはようございます。あの、おれが文章を読んでたら、ヴィル様寝ちゃって…」
「寝ていた?私が?」
信じられない、彼の顔にはまさしくこう書いてあった。
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