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入浴-1
しおりを挟む馬車で揺られること数時間、たどり着いたのは辺りを木々で囲まれた館だった。ゾイはその館を前にしてあんぐりと口を開けた。敷地の広さ、正門の立派な造り、館の大きさ、どれをとっても規格外だ。小領主の屋敷も、豪商の別荘も、この館の前では霞んでみえる。
正門をくぐって敷地の中で馬車を降りた二人は、正面玄関へと足を進めていた。
「こっちが入口だ。普段はあまり使わないが。後で裏口も案内しよう」
扉に手をかけたところで、ふとヴィルヘルムが振り返った。高い鼻がひくひくと動く。
「………臭うな。まずは中で身体を清潔にしてもらおうか」
「はい…」
最後に湯に当たったのはいつだったろう。ゾイの身体には、垢や汚れが染み付いてしまっていた。
中に入ると、外装に引けを取らない装飾の豪華さにゾイはまた驚かされた。天井は見上げるほど高く、左右の階段から二階に上がれるようになっているようだ。
部屋数はどれくらいあるのだろう。予想もつかない広さに、ゾイはくらりとした。
先導するヴィルヘルムについて行くと、風呂場へたどり着いた。脱衣場のドアの先に、ユニットバスが続いている。
「入浴の仕方は分かるよな?着替えを用意しておくから、入っていてくれ」
そう言い残して、ヴィルヘルムは出ていってしまった。ぽつんと取り残されたゾイは、シャワーを浴びるため服を脱ぐ。何回も着ているうちに擦り切れて、ただの布切れ同然になった服だ。全裸になったゾイは、シャワーを浴び始めた。体が清潔になっていくことに対して、生理的な心地良さを感じる。髪の毛は綺麗にするのに時間が掛かった。脂ぎって絡まる髪も、念入りに洗うと汚れが落ちていくのが分かった。
バスタイムには一息つく効果もある。ゾイはそれまで溜めていた息をふう、と大きく吐き出した。
売れ残りで、殺処分を待つだけだった自分。あのままあそこにいたら、確実に殺されていただろう。その前に突如として現れた美しい貴族。ゾイは自分を所有する男の顔を頭に思い浮かべた。
艶のある黒髪と彫りの深い顔立ち。切れ長の瞳は憂いを湛え、白い顔に影を落としている。目の下にはくっきりと隈が浮き出ているが、それが容貌を損なっているということはなく、むしろ彼の美しさに拍車をかけていた。
神々しさすら感じる美貌に、この大きな大きな住まい。かなり地位のある貴族なのだろう。今のところ、彼の言動に粗暴さはないし、乱暴者でもないようだ。
一つ気になったのは、その暗さ。───そう、暗いのだ。
敷地に入ったときから気になってはいた。庭は手入れがされていないのか、雑草が生え落ち葉で地面が埋めつくされている。館の中もそうだ。どことなくカビ臭く、調度品には薄ら埃が積もっている。家具や造りなどは立派なのに、この館には全体的に"暗さ"があった。
そもそも、使用人達はどこに居るのだろう。これだけ大きな館に、貴族が一人だけなんてことは有り得ない。前の主人も、前の前の主人も、大勢の使用人に傅かれながら生活していた。それが、この館に足を踏み入れてからヴィルヘルム以外の人間に一切出会っていない。これは実に不可解なことだった。
「これからどうなるんだろう…」
呟きは、誰に聞かれることもなく排水溝に流されていった。
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