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しおりを挟む梨田さんと授業の話をした。梨田さんはスマホで大学の電子掲示板を見ていた。いいバイトがないかなと梨田さんが言った。梨田さんは笑っていた。
僕はそんな梨田さんがうらやましいと思った。僕が混乱していたからだ。その原因が夜であることは明白だった。それを梨田さんにいうのは勇気がいる。面白がられるか、内心嫌がられるか、面倒くさいと言われるか。
そんな僕の気持ちを知らずに梨田さんは至って穏やかな表情をしていた。
「梨田さんと真澄ちゃんは仲がいいですね」
口が勝手に動いていた。僕は内心自分自身の行動にぎょっとしていた。なにがしたいんだと僕は考えて気がついた。あえて逃げ道を作り、真澄ちゃんから夜の話をしようと考えていた。
「真澄ちゃん。やっぱり梨田さんのことが好きじゃないですかね」
梨田さんはきょとんとしたまま、僕をまじまじと見つめていた。僕はひるむことなく「梨田さんはどう思っているのかな」とあえて探るような言い方をした。僕が軽蔑しているやり方だった。自分で言っているが、まるで苦いものを食べているみたいでいやだった。
周りは僕達に気を留める人はいなかった。しかし、梨田さんはまあと言ったが、黙っていた。そんな梨田さんが歯がゆくあり、理解できないわけでもなかった。
「真澄ちゃんは別に好きな人がいるぞ」
あっさり梨田さんが言った。
「えっでも」
「真澄ちゃんが自分の好きな人をおもちゃにするか」
それもそうだ。小説を書いていることを隠しているくらいである。そうすると僕は勘違いしたことになる。
「梨田さんは知っているんですか」
「いや。ただ、真澄ちゃんの性格を考えて、な。普通好きだったら、俺をおもちゃにするかなと考えていた」
「じゃあ。違いますか?」
「拓磨の理論からすると拓磨も好きってことになるからな」
あっと僕は気がついた。そうして頭を抱えた。自分も含まれるなんて考えていなかった。
食堂はざわめきの中、笑い声と一緒に食事が運ばれていく。梨田さんは回鍋肉定食を食べている。なんだか、僕はバカみたいだった。
「なにか、あった」
「ないですよ」
僕は苦笑いをした。梨田さんは不思議そうにしていたが、それ以上のことはなにも言わなかった。踏み込んでこないことに安心しながらも心のどこかでつまらないと感じていた。漫画や小説にぴったりとくっつくような距離感などないのだ。ある程度距離が必要になる。
「言いたくなったら言えよ」
そう言ってくれるだけでもありがたい。僕はうなずいた。
チキン南蛮定食はおいしかった。ボリュームもあった。
「それにしても夜がいるなんてな」
「あっアルバイトらしいですよ」
「別にいいんだけど。女子に話しかける回数が増えた」
「あー。なんというか、なんというべきか」
「迷うな。別にいいんだけどな。女子がかわいいから」
「お持ち帰りですか」
懲りないな、この人と僕は考えていた。そんな僕の気持ちを梨田さんは気がついていないのか、気がつかないふりをしているのかわからないが「夜の彼女と破局らしいぞ」と告げた。
僕は混乱したまま、梨田さんを見つめていた。チキン南蛮の味がよくわからなかった。緊張していたと思う。
「彼女の代わりなんてたくさんいる」
つい僕は言っていた。それに自分自身が傷つけていた。僕は一人でいじけている。それに気がついた。梨田さんはなにも言わないわけがない。
「確かにあれじゃあ代わりはたくさんいるな」
あれという意味がわからなかった。でも夜はかっこいいからすぐに彼女ができるという意味だろうと僕にはわかってしまう。梨田さんは僕の顔色をのぞくように見た。
「顔色悪いぞ」
鋭く聞こえた。それは今の僕の気持ちだった。弱っているのだろう。それがわかってしまうのは僕がショックだったからだ。僕は夜の彼女の代わりだとうぬぼれに近い考えだからだ。
「どうした」
「いえ」
そう濁すくらいしか僕にはできなかった。夜に会いたいとか夜に確かめたいとかそんなことばかり考えていた。夜がどんな思いでキスしたのかわからない。寂しいから。それともキスがしたかったからか。よくわからなかった。
「なんか重いぞ」
梨田さんが肩を叩いた。梨田さんの肩をたたかれたら、自分が泥沼にはまっていたことにようやく気がついた。
「大丈夫か」
「すみません。なんでもないです」
梨田さんはうむと言った。梨田さんは心配をしてくれたようだ。定食の杏仁豆腐を一口くれた。杏仁豆腐はおいしかった。甘くて、あの独特の匂いがして。
「杏仁豆腐の杏仁って種なんだぞ。白っぽく、漢方薬になるんだってさ。大きさはアーモンドを大きくしたような形。本番はなかなかうまい」
「行ったんですか」
「知り合いから聞いただけ」
そうやって気を遣ってもらい僕は梨田さんの話を聞いた。梨田さんはよく話した。
「真澄ちゃんはやっぱり梨田さんが好きですよ」
「なんだよ。しつこいな」
梨田さんはそう言って僕の話を受け流していた。またおもちゃにされるのはいやだった様子だ。僕はおもちゃにするつもりはなく、本気だったのかもしれない。
暖かな日差しが入る。少しまぶしい。女子以外の生徒は窓側に集まる。まぶしいけど暖かく、また穏やかな気持ちになる。紅葉がふわり風に乗る。音もなく風に散らされていく。そうして誰かの靴に踏まれる。柔らかい、弾力のある葉はくずれることなく大地に踏みつけられる。また風にさらわれる。
そんな様子を僕は見つめていた。葉がかわいそうなような気持ちになった。きれいなのにと僕は思った。
「よし、食ったか。この後予定は」
「三時限に授業が入っています」
「俺も」
ゆっくりと立ち上がる。梨田さんの髪が太陽で明るくなる。そうすると夜とは雰囲気が違ってくる。
「髪を染めてみたらいいじゃないですか」
「高いんだよな」
「自分で染めてみたらいいじゃないですか」
「面倒」
「じゃあ。アイロン」
「いやだ」
そう笑っていた。僕も梨田さんも。校内を歩く。戸井田が手を振る。僕も手を振る。それだけで良かった。
僕は空を見上げた。晴れていたのに雲が見えていた。暗い雲が見える。僕は雨降りになりそうと言った。
「マジか」
梨田さんになんとなくですと僕は苦笑して言った。雨が降ったら走って帰ろうとそう僕は決めていた。傘を買うのはバカらしいから。
「拓磨。元気か。いいニュースだぞ。真澄ちゃん、新しく彼氏ができたんだ」
「それって」
「○○○○学科の二年梨田圭介って人。真澄ちゃんと二人で歩いている奴を見たんだって。拓磨より親しげでさ」
「そりゃあどうも」
えっと戸井田が言う。
「その梨田さん」
「あっ。すみません。気を悪くしましたか」
戸井田は怯えたような顔をした。梨田さんはニヤニヤしたが「大丈夫。それに真澄ちゃんと俺はただの友達だから。変な噂を流さないでくれ」と大人の対応されてしまった。真澄ちゃんが歩いてきて「おまえの彼氏にされそう」といきなりなにを言い出すのよという顔を真澄ちゃんはした。
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