A町日進月歩(BL)

一条 しいな

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第六章 祐樹

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 歩いていく。雑踏の中である。それは人の顔が不思議と歪んだものに見えたのは錯覚か、祐樹にはわからなかった。
 喫茶店を出てそのとたんこの混雑である。A町から離れたことに気がついた。
「じゃあ、俺は電車で帰ります」
「君についていくよ」
 は? と祐樹は言いそうになった。なぜついていくかわからなかった。
「でも」
「いいから、新井さんに言われた通りしてください」
 永野の言葉に押されるように駅まで向かう。夕暮れはとんと早く、闇の世界に変わった。都心は街中に電気が通り、まぶしい光が闇を散漫にすることに祐樹は気がついた。
 人工物のビルや商店が並び、人があちらこちら歩いている。それが人ごみになっている。
 祐樹は駅へと向かう。人ごみがさらに密集したものになる。知らない人が歩いている、また人が近くになにかイワシの群れのように流れを作っている。
 新井は切符を買う祐樹を見つめていた。それがいやだったとは言えなかった。
「電車、乗るのはひさしぶりですか」
 祐樹は切符を改札に入れ、取った。そのあと、電子マネーで払う新井に言われた。祐樹は都会の奴ってすかしていると思った。
「ええ。まあ」
 祐樹の返事に新井はなにも言わない。いつの間にか永野はいなくなっていた。祐樹は戸惑い気味に「永野さんは」と問いかける。
「いません。彼女は必要ない」
「でも」
「必要ない」
 そう強く言った彼をおまえじゃ不安なんだよという本音が祐樹は出そうになった。
「泊まるところは」
「ない」
「じゃあ、なんでついて来るんですか」
 新井が不思議そうに祐樹を見つめていた。それはまるで子供のような目をしていた。無防備という言葉がよく似合う。色素の薄い茶色はじっと祐樹を映していた。
「あなたは会いたいのではないか」
「だから、あいつは、武藤は遠いところにいる」
「それは違う。異界の扉はすぐ近くにある」
 えっと祐樹はつぶやいた。新井は歩き始めていた。ホームに向かう。そこには普通の人達がスマホを見ながら待っていた。
 あるものはソシャゲ、あるものは漫画、あるものはSNSである。祐樹はしばらくそれらを見なかった。
 ただ、新井の狐顔を見ていた。彼のすっとした鼻はまるで品よくある。それがどうも疑わしい。
 祐樹にはわからなかった。異界はどこでもつながっている意味が。山奥に行かなければ会えないのではと祐樹は疑り深く考えていた。
「本当に会いたいか」
「会いたいです」
 武藤には言いたいことがたくさんあるのだ。だから、と祐樹は物思いにふけってしまった。
「会いたいなら会える」
 電車はすぐに来た。快速である。人がたくさん乗る。なんでこんなに人が集まるのか祐樹にはわからなかった。
 流行りの服を着て、流行りの店に行く、友達と食事して。そんなことは都会でもなくてもできる。
 都会だからおいしいものがあるならばそうなのだろう。祐樹には空虚なものとしか思えない。
 自己承認欲求が見えるからか。
「祐樹さん、あなたは会ったらなにを言います」
「心配した、帰ろう」
 くっと、新井が笑った。なぜ笑うのか祐樹にはわからなかった。失礼な奴だと祐樹はいやな顔をしていた。
「ごめんなさい。あなたの本心じゃないので」
「本心です」
「多分会えば変わる」
 なにがという前に生ぬるい風が吹いた。それは、ぞわりとするような、気持ちの悪いものだった。しかし、そのことは祐樹以外気がついていないのかと祐樹は考えていた。誰も口々になにこれと言わない。まるで当然と言わんばかりに受け入れている。
 ホームは人が列を作っていた。祐樹は後方にいた。そうして電車がホームに入っていく。風が強かった。髪が乱れ、女のスカートがめくれそうになる。ビル風と勘違いしそうになる。
 祐樹が見たのは電車に乗っている乗客が人間ではなかった。まるでスマホのようなものに角が生え、たくさんの目玉がついている大男、女の顔をアンコウの提灯のようにつけた、わけのわからないもの。ざっと見ればそんなもの達が電車に乗っている。
 新井はなにも言わず、祐樹の腕に取る。怖くはなかったとは言えない。
 前にもこのようなことにあったが。あのときは自分でもわからない内に関わった。
「大丈夫だ」
 新井がいう。祐樹はうなずいた。祐樹は腹をくくった。前にもあったから大丈夫と、電車の中に入っていく。前の人を追い越して、電車の中に入れば内装はどこの電車と変わらない。
 祐樹は辺りをじろじろ見ている自分には気がついていなかった。乗客達の目玉が祐樹と新井に向かう。新井に目を向けるとチッと舌打ちした。
 それ以降、誰も祐樹達に気を払うものはいない。
「鬼の一族が」
 とようやく読める字で書かれた広告があるが、それはべっとりした血がついていたため読めなかった。祐樹は平然とした。武藤で異界の住人と関わることが多いためか、慣れていた。
「降りる」
 祐樹の手をさっと新井が触る。新井の手は冷たかった。いやひんやりとしている。祐樹は武藤の顔を思い出した。
 そこはA町の駅だった。小さなホームを歩いていく。改札を出ると人がいなかった。
 コツコツと誰かの足音が聞こえる。それが祐樹達に近づいてくるのはわかっていた。祐樹は歩いた。新井も歩く。
「よお。色男」
 茶化した口調の祐樹は白木の襟首をつかんだ。
「武藤を返せ」
 祐樹が殴ろうとする前に、新井の手が祐樹の握り拳を抑えるようにつかんだ。顔に似合わず力が強い。
「なにをするんだ」
「感情的になるのは本人に会ってからだ」
 いるんだろうと新井がいう。白木は薄笑いを浮かべた。
「愛玩だからか」
「最初からそのつもりだ」
 祐樹は今度こそ、殴ろうとしたが、新井の手が阻む。
 足音が聞こえる。祐樹はそちらを見た。祐樹はあっと叫んだ。
 髪を下ろした武藤がいた。服はひらひらの袖、青みがかかった、柔らかい線を描くような着物だ。着流しのようなものだ。祐樹は武藤を見つめていた。
 祐樹は白木の襟首を放した。そのままかけよっていく。祐樹はかけていた。
 武藤の顔がどんどん曇っていく。
「バカやろう。なんで、おまえ自分が犠牲になるんだよ」
 泣きそうな声で祐樹は言った。帰ろうという決めた言葉ではなく、恨み言になった祐樹に武藤は悲しそうに見つめていた。
「すまん」
「すまん、じゃねえよ。なんで俺のためにおまえが一生を無駄にするんだ。おまえは」
 ごめんと祐樹に武藤は言った。
「祐樹、俺は帰れない」
「帰れる。だって、おまえは勘違いしている。おまえは、俺が死んだと思うが、違うんだ」
 はっと息を飲んだ武藤に祐樹は笑いかける。しかし、武藤の表情は暗い。
「それはどういうことだ」
「白木、この野郎が、武藤を騙したんだ。俺が死んでいないのにあたかも生き返らせたように見せた。そうして、俺は大怪我したのを白木は直しただけだ。おまえの感情を食わすことなんて」
「あのな。祐樹」
 静かな口調で武藤は祐樹を見つめながら言った。
「もし、それが本当なら、愛玩になる前ならば、有効だった」
「は? なんで。違反したのは白木なのに」
「異界の住人は嘘をつくときがある。その嘘を看破できなかったのは俺に責任がある。もう俺は白木の愛玩だ、どうすることもできない」
「おまえ、本気か。バカだろう。なにが責任だ。おまえは騙されたんだ。本当にいいのか、これで。おまえは陽向にいていい人間なんだ。俺はおまえが好きだから言うんだ。あっ違うからな、友達として」
 ふっと武藤は笑った。
「ありがとう。祐樹。おまえはいい奴だ。おまえに憧れたときもあったことを思い出した」
「武藤」
「大丈夫。俺はおまえのところに戻ってくる」
「死んだとき、なんて言うなよ」
「さあ。白木が満足したら変わる」
 白木はじっと武藤を見つめていた。窺うように見つめている武藤に白木はニヤニヤしながら「おまえ、なにか勘違いしているのではないか」と祐樹に問いかける。
「えっ」
「俺と武藤は人間の世界に戻ってくる。今は蜜月を楽しんでいるところ」
「は」
「じゃあ。なんで連絡しない。わけわかんねえよ。それに白木の忠告はなんだ。麻奈美さんまで」
「おまえに見せつけるためだ」
 ニヤニヤと白木は笑っている。武藤を見つめていた祐樹は不思議とギュッと武藤を抱き寄せていた。武藤はきょとんとする。
「本当は俺のことが好きだったのではないか」
「まさか」
「はっ」
「俺はおまえを、あれしたことに後悔をしている」
「あれって」
「巻き込んで死なせた」
「助けようとして勝手に死んだと思わされたんだぞ」
「あのとき、助けて祐樹と呼んだような気がして」
 そんなことはないとは祐樹には言えなかった。武藤は静かに祐樹を見ていた。
「バカだな。そんなことを言わなくても、俺はおまえを助けに行く。こうして、な」
 やっぱり祐樹だと武藤は静かに笑っていた。



 A町に戻ってきた武藤は警察に連絡して行方不明届けを下げてもらった。祐樹の目には白木が女になったように見えてたじろいでいた。
 武藤は白木を両親に紹介した。白木は武藤の嫁、専業主婦として収まっていた。ただ、白木はなにも言わない。
「おまえの望むことをしたい」
 白木に武藤は言った。
「まあ。面白いものを見せてくれるならいいぜ」
 そう言う男の姿をした白木がいる。みんなが女の姿として白木が見えるが、武藤には男に見える。それは異界の住人のようで、武藤は怖さがあった。ああ、これが感情なんだと白木は言う。
「食わせろ」
 武藤は首を振った。冗談だと言った白木はひどく残念そうにしていた。
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