A町日進月歩(BL)

一条 しいな

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第五章 思い出

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「もう俺達につきまとうな」と祐樹は体を折り曲げるようにしゃがんだ。なにも聞きたくない。そんな気持ちの現れかもしれない。
「ダメです」
「ダメです」
 ダメですという声がそこら中から聞こえてくる。さっき見せた映像は消え失せ、元いた部屋に戻ってきた武藤達を大きななにかが横たわっていた。それはゆっくり上下していた。武藤はそれを触ろうとしたが。
「無理というならば、生け贄にしてしまおう。生き返ったのだから、大丈夫。滋養があるだろう」
 願いも聞いてくれないならそれくらいが妥当だろうとなにかが言う。武藤はふらふらと祐樹の元に行こうとした。が、なにかに阻まれた。柔らかい毛並みが敷き詰めるように武藤と祐樹を引き裂いた。まるで生きているようにうねうねと動くそれを武藤は必死になって祐樹の元に向かおうとしていた。
 祐樹と武藤は叫んだ。
 祐樹は気がついていないのか返事すらなかった。
「どうする武藤」
 耳元で白木の声が聞こえてきた。白木の声だけして姿は見あたらなかった。武藤は白木と叫んだ。
「おまえに与えられる感情なんてないって気がついたか」
「感情ならある。この感情を食えよ」
「カスなんかいらない」
「じゃあ。俺はなにが残っている?」
「祐樹を助けたいんだろう。だったら俺の愛玩になればいい」
「それは」
「怖いのか。俺が信じられないのか」
「当たり前だ」
「祐樹の耳が狙われているぜ」
「よせ、助けろ」
 武藤と叫び声が聞こえた。逃げろと言った祐樹の声が聞こえた。武藤の脳裏にはあの夏、冷たくなった祐樹の体を思い出していた。
「わかった。おまえの愛玩になる」
 いつの間にか、白木がいた。白木はばく、とそれを食べた。大きな犬のような姿をしている。まるで吸い込むように食べていく。最初に気がついたのはウサギだと。多分武藤が白木の支配下に置かれたからわかったのだ。
 ウサギ達は悲鳴あげて逃げようとしたが、白木は噛みつこ、飲み込むように平らげていく。
「なぜ我らを食らう」
「なぜ」
「俺の愛玩のためさ。雑魚には用などない。くわれちまえ」
「やめてくだされ」
 白木より大きなウサギが頭を持ち上げた。
「私の躯を食ってくだされ」
 ダメです、かあさま、かあさま。と部屋中に響いた。
「祐樹」
 ある程度少なくなったウサギ達をどかすように、武藤は祐樹に近づいた。祐樹は気を失っていた。
「さよなら、祐樹」
「どうする武藤」
「もう二度とこのようなことを起こさないでくれ」
 ふんと、白木は鼻で笑った。白木の姿に震えているウサギ達がいた。ウサギ達はあきらめないで「白木様。かあさまをお助けください」と言ったが、白木は無視した。
「なぜです。こんな人間の願いを叶えて我らには叶えてくれないですか」
「知るか。俺は気に入った奴しか願いを叶えない。俺の愛玩に手を出せば、どうなるか」
「ああ。なんということだ」
 こうなれば、ウサギ達は武藤に襲いかかろうとした。しかし、武藤は柔らかいなかにいた。
「もうやめなさい。私は寿命だと思います。力が出ない。あなた達がしても意味がないのです。わかりますか」
 かあさま、かあさま、と泣きじゃくる声が聞こえていた。
「わからない。わからない」
「大丈夫。おまえ達は利口だよ。さあ眠らせておくれ」
「かあさま、かあさま。なぜです」
「殺してほしいのかい」
「違います。違います」
 ウサギ達は懸命に言い出すのを武藤は見ていられなかった。気がつけば武藤は気を失っていた。


 祐樹は倒れていた。目覚めたとき、誰もいなかった。がらんとした部屋中にパイプいすやら机が几帳面に置かれていた。祐樹は夢がとつぶやいた。
 スマホが鳴った。
「剛(つよし)?」
『祐樹、どこに行っているんだよ。集まりが終わったぞ。これから飲みなんだけど』
「悪い。具合が悪いんだ」
『早くいえ。おまえ、大丈夫か』
 ああと言った。祐樹はそうつぶやいた。あの夏の時間が蘇ってきそうな予感がした。祐樹はそれを振り払うように夢だよなとつぶやいた。
 怖かったのだろう、と祐樹は自分を分析した。一度死んだ人間なんだと祐樹は気がついている。しかし、それは夢であると思いたい。確かにそれは現実なのか、悪い夢なのか祐樹にはわからなかった。
 祐樹は立ち上がり、ふらふらと歩く。酒を飲むつもりだったので車では来ていない。武藤の姿を探すつもりはなかった。今はベッドで眠りたかった。あれは夢と言いたい。
 祐樹の中では。
 ふらふらとバスに乗り、実家に戻ると父親がテレビを見つめている。母親は料理を作っている。嫁さんを探さなきゃなという思いが強く祐樹の頭で反応する。彼女に電話をかける。
 組合の子だ、事務をしている。
 案の定、電話には出なかった。当たり前かと思った。
「祐樹。どうしたの。真っ青な顔をして」
 母親が台所から顔を出して言った。祐樹は無理やり、頬の肉が引きつるのを感じながら笑った。
「ちょっと具合悪い」
「電話があったぞ。剛から」
「だから、横になっていた」
「あんまり心配かけさせるなよ」
 うるせえ、と思春期ならば言っていただろう。しかし、父親や母親や心配してくれる気持ちがただ優しさに触れたようで涙ぐんでしまう祐樹がいた。
「どうした。祐樹」
「いやなんでもない」
 母親と父親は驚いているような顔をした。自分の部屋に戻り、寝間着に着替えて寝た祐樹は次の日、高熱に悩まされた。
 五日くらい眠っていた。
「おっ。祐樹。風邪引いたんだって」
 友人達が見舞いと言って祐樹の部屋に上がりこんでいた。祐樹は高校生に戻ったような気持ちになった。
「おまえ、頑丈なのが取り柄なのに」
「頭がガンガンするから声をかけるな」
「元気じゃん」
「ちげー」
「じゃあな、マジでこいつ具合悪いみたい」
「だな」
「明(あき)ちゃんも心配していたぞ」
「えっ。マジか」
 祐樹は気がついてスマホを見ると、メッセージアプリを起動する。彼女から心配されたみたいだ。
『風邪を引いた。ごめん。心配かけた。具合が悪くて返事できなかった』
 返事は未読。当たり前だよなと祐樹は考えた。
「人手がたりなくて親父っさん、大変そうだった」
「うわー、やめろ」
 心配されているのか、罪悪感を与えていようとするのか友人達の意図がよくわからない祐樹に「早く元気になれよ」と言い出された。
 武藤の顔が祐樹には浮かんだ。
 武藤は大丈夫だろうかと思っている祐樹にある電話がかかってきた。
「あんた、武藤って知っているでしょ。警察から」
 要約すれば武藤は行方不明だったらしい。親の連絡が途絶えたらしい。祐樹はまるで悪い夢を見ているようだ。ショックかわからないが、また風邪をぶり返したのはいうまでもない。
 くしゃみをして喉が痛いと気がついた。変な夢を見たような気がした。大きな宮殿に武藤がいた。武藤は長い髪をひとまとめにして、祐樹に振り返った。
「また来たのか」
 よくわからないまま、ぼんやりと祐樹は見つめていた。祐樹の顔を見つめる武藤は悲しげであった。
 そこで目がさめた。祐樹は動揺していた。夢に見るまで祐樹は武藤を恋しいと思ったのだろうか。
 風邪を直してからだ。気を取りなして祐樹はお粥を食べていた。
 祐樹は体を起こし、風邪を振り払ったのはあれから一週間かかった。エナジードリンクを飲んで、早朝、朝と呼べるものではなく、深夜と呼べる時間に野菜の世話をする。キャベツを並べ、ビニールハウス栽培を見る。父親に代わってテキパキと動く、父親はなにも言わない。
「そういえば、祐樹。電話があったわよ」
 作業を終えた頃、母親が祐樹に言ってきた。
「警察?」
「違う、武藤とかいう子の友達で浅海っていう人。話がしたいからって電話をかけてくれ」
「ふーん」
「あんた風邪引いて具合悪いから無理だと言ったわ」
「そうか。ありがとう」
「あんたの携帯番号も教えなかった」
「うん」
 最近物騒だからねと言った。車で農協に向かっている父親に変わり、ダンボールに積めていく。組合に出荷するためだ。
「おまえ、そんなに動いて大丈夫か」
「風邪はもう大丈夫」
「こっちは楽だからいいが」
 祐樹は父親の肩を軽く叩いた。そんな祐樹をじろじろと父親はみていた。
「おまえ、大丈夫か」
「平気だからな。大丈夫だよ。オヤジもお袋も心配しすぎ」
「ならいいが。無理するなよ」
「わかった」
 車のキーを差し込んで周りを確認してから走り出す。ガタガタとした道で車が揺れる。祐樹は走っていると組合についた。
「おはようございます」
 組合の市場に出荷する。他にもレストランなどもある。
「おう。祐樹。明菜ちゃんに呼ぶか」
「バカいいよ。運んでくれ」
 明菜に会いたいという気持ちは確かにあった。それでも会わなかった。なんとなしに、恐れているのかと祐樹は自分に問いかけていた。
 あの夏の日、裕樹が死んだのかという問い掛けに答える相手は武藤だけだった。その武藤が行方不明である。祐樹は信じられなかった。
 またひょっこり祐樹の目の前に武藤は現れるだろう。
「なに怒っているんだよ」
「怒ってねえよ」
「祐樹」
 いきなり明菜が声をかけた。
「あぶないだろう」
 祐樹がからかうようにいう。
 明菜は祐樹を確認するように見つめて「バカ」と言った。
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