A町日進月歩(BL)

一条 しいな

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第四章 怪鳥

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 風をなびかせて、赤い鳥は体を精一杯大きく見せようと胸を反らして、鳴き声を上げた。その声はけたたましく、また体に痛みを感じさせるものだった。まるで鶏をたくさん集めて鳴かしたようなけたたましさだった。
 武藤は陽平の体を引きずるようにその場から離れていた。陽平は体が小さいためか、さっきまでのショックのためか、気を失っている。あのけたたましい声のせいかと武藤は考えながら、陽平を抱えていた。普段から運動不足がたたってか、武藤が陽平を運ぶのも容易ではなく、背負うと体をふらふらと揺れさせている。祐樹はそんな武藤に気がついて、陽平を運ぶ。体ががっしりとした祐樹は家業のためか、平然と山道を歩いていく。武藤はじっとしていた。ついて行かない武藤に対して気配でわかったのだろうか、祐樹は振り返った。
「俺は戻らない」と武藤は声を張り上げた。
「は? バカか、おまえは」
 祐樹がこの状況を一番理解しているだろう。その通りだと武藤も理解しているつもりだ。しかし。白木を止めてしまいたい。祐樹を抜きにして。
「俺がいれば、白木を止められる」
「白木はおまえの、使い魔じゃないんだろう。無理だな」
 あっさりと祐樹に言われてしまった。祐樹は当然ごとく歩いていく。祐樹の後ろ姿を見ながらごめんと武藤は言った。祐樹は悔しそうな顔でばかと言っていた。赤い鳥の鳴き声を頼りに武藤は走り始めていた。
 赤い鳥は劣勢だった。ばけもの達から追われ、空に逃げているが、ばけもの達は空を飛べるのか大勢で鳥を追いかけていた。白木は最後の仕留めるように牙を見せて噛みつこうとする。白木の今の姿は巨大な犬だった。狼とは異なる姿だった。白い体に目は黒く輝いている。赤い鳥は作り物のような爪で威嚇している。武藤は駆けだしていた。
 山道は落ち葉がまだあるせいか柔らかい。足に力が入らない。体は息が上がっていた。自分がどこに走っているのか武藤にはわからない。しかし、暗闇の中しっかりとばけもの達の姿が見える。その中にいる白木の姿も。
「白木!!」
 武藤は叫んでいる。鳥の女が悪い奴か正しい奴かは武藤には判断つかない。しかし、白木のしていることは殺めることだ。白木はなにを食事にしようが勝手だと言われれば勝手だろう。しかし、武藤のためにやってほしくない。それを伝えたい。
「やめてくれー!」
 一瞬だけ白木がこちらを見たような気がした。そのまま白木は知らん顔をしていた。無数のばけもの達が赤い鳥の羽にしがみついていた。まるで浸食する泥水のように羽の色は黒く染まっていくようだ。白木はそのまま、血を散らさずに赤い鳥を食べていくのだった。
「いやあ、ありがたい」
 誰が言ったのかわからないが、その声に無視して武藤は駆けていた。気がつけば、山は異界から現実に戻っていた。白木はぼんやりとした武藤に振り返ることもなく、赤い鳥を食らう、赤い鳥に黒いばけもの達も食らう。それはサバンナが見せるような、獰猛な食欲だった。
「なんで、白木。俺はこんなものを求めていない」
「別におまえが悲しむことはない。助けてやったんだ。ガキ共を。おまえは罪悪感なんてないだろう。俺は救ってやった」
 赤い鳥の羽が舞っていた。夜には明るい色が闇夜に舞っている。赤い羽がふわふわと武藤のいるところまで飛んでくる。血の匂いとは違う、香り、えもいわれぬ香りだった。ばけもの達はそれをすすっているようだ。白木は体を赤くしている。食べることに満足したのか、白木は遠吠えをした。


 だめだったと武藤は力なくその場をしゃがんだ。武藤の姿を確認した白木が来る。小さな体になり、赤い体が白くなる。
「あの女のために泣いているのか。早くしないとここは危ないぞ。祐樹が死ぬかも、な」
 はっとしたように武藤は白木を見つめていた。白木の言葉に「おまえ」と武藤は小さく言った。言いたいことはたくさんあるはずが、言えない。そんな武藤を「おまえのために食べたと言ったが、俺のためでもある」と白木が言った。
「ふざけるな」
「俺の力なくしておまえは立っていられない。今だってそうだ。それがその気になれば、おまえは殺される」
 白木の言葉が事実だということは確かだろう。集まってきたばけもの達がよだれを垂らしながらいるからだ。今にも武藤に襲いかからんばかりに目をギラギラと光らせている。
「まあ、残った肉、いただきに来ました。ちゃんと保護していました」
「ほれ」
 白木の右手から肉の塊が投げ出された。血の付いた赤い肉はまだ煙がでている。猫はそれをうまそうに食べている。
「ありがたい、ありがたい」
 さっきの謎の声はあれだったのかと武藤は気がついた。武藤は白木を見た。
「どうしてそんなことを」
「早く祐樹のところに行かないと大変なことになるぞ」
 再び異界へ行くことになることを武藤はうなずいた。それが気にくわない相手でも頼りしなければならない相手とわかっていた。それが武藤と白木の関係だ。白木はばけもの。武藤は人間。非力な存在なのだ。
「行くぞ」
 白木の血の付いた手が武藤の手に擦り付けてきた。武藤は払いたかったが、そうするわけもいかない。辺りが暗闇でも白木は無頓着に歩いていく。武藤は岩を登っていく。
 気がつけば小屋にいた。小屋は粗末にできて、プレハブで作られていた。床はむき出しの土に、なにかが集まっている。ブルブルと震えていた。なんだよと震えた声で言っていた。
「大人と陽平は見なかったか」
 いきなり白木が言った。子供の一人が首を振る。武藤は見えないので明かりがないか、電源を探した。手探りで廃材やらを触れる。木だったり、ビニールだったりする。明かりを見つけるとスイッチを押そうとした。
「つけないで」
 強い拒絶が声から染み出ていた。武藤は思わず固まった。どうしてと武藤は考えていた。なぜ子供達は暗闇の中にいるのか。普通ならば、子供が暗闇を怖がるはずだ。しかもこの暗闇でなにかが見えるはずもない。
 武藤は明かりをつけた。
 そこには子供らしきものがいた。赤い体をした。手には羽らしきものが生えている。
「見ないで」
「これは一体」
「自分では子供は作れないから子供を作ったのさ」
 白木の言葉に武藤は振り返る。白木はニヤニヤと笑った。
「簡単さ。人間の子供をばけものにしたんだ」
 ぞっと武藤は鳥肌を立たせていた。意味がわかったとたん、武藤は戸惑いを隠せなかった。
「陽平もばけものにしたんだ」
「だから、祐樹が危ないのか」
「おじちゃん、私達を戻せる?」
 武藤は返答に窮した。武藤の様子に気がついたのか、子供達は立ち上がった。
「役立たず」
「おまえは僕達の正体を知った」
「食ってやる」
「帰さない」
 白木はニヤニヤと笑っている。彼にはこうなることがわかっていたのだろう。知らぬ間に暗闇からばけもの達の目があった。
「白木。やめろ、この子達は被害者だ。俺は」
「人間ではない。ばけものなんて生きていても仕方がない。おおかた、親に拒絶され、周りからも拒絶させられる。それか共食いでも始めるさ。飢えて、な。人間もばけものも変わらないさ。人を踏みつけ、人をないがしろにして、それで強い、偉い、尊いなんて思っている」
 白木は笑う。おまえだってそうだ。
 武藤は首を振った。
「違う。俺は」
「救えないさ。おまえは誰一人も」
「なにを言っているんだ」
「自分も救えない奴が誰かを救うなんてお笑い草だ」
 俺はと武藤は叫んでいた。子供達が武藤を囲んでいた。それはある記憶を刺激する。遠い過去、顔を踏みつけられたような感覚が武藤にはした。おぞましい過去が蘇ってきた。
「ここは異界。おまえがいた世界とは作りが違う」
 武藤は頭を抱えていた。震える体を抑えることができなかった。鳥達は武藤を囲う。
「おまえなんていらない」
「おまえはバカだ」
「キモイ」
「ばい菌だ」
 武藤は小さくなっていた。
「武藤!」
 気がつけば祐樹が武藤の体を抱き起こしていた。陽平は眠っている。鳥達は消えていた。
「みんなは」
「顔色が真っ青だ。ったく、無理したな。誰にいじめられた。おまえ」
「誰もいじめていない。俺が弱いからだ」
 武藤は苦笑した。陽平はまだばけものになっていないようだった。それにほっとしている武藤がいた。あの子供達は白木に食われたのかもしれない。結局、なにも守れなかった。
「俺は救えなかった」
「なにをいうやら、ちゃんとガキはいるぞ」
「お兄ちゃん。体が戻っているよ」
「うん」
 鳥だった子供たちがいた。武藤の周りに近づいていく。白木という前に子供達は手のひらを見せていた。それはちゃんとした五本指で人間のそれだった。
「しらきと約束した」
 子供達が言った。しらきに異界に二度と入らないと約束した。お供えをする。と言い出していた。
「白木もたまには役立つな」
 祐樹はなにも知らない、笑っていた。武藤は白木を見つめていた。白木の口からなにも言われなかった。
「代わりにあの世行きだが、な」
 武藤はそう言っていた。祐樹はぎょっとしたような顔をしていた。子供達は外に駆け出して、武藤達に手を振り、丘を登っていく。そこは武藤が見たこともない世界だろう。陽平だけが静かに眠っていた。
「行こう。現実へ」
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