A町日進月歩(BL)

一条 しいな

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第三章 輿

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 女はじっと宮古を見つめていた。宮古の目はじょじょにとろんとしたものになった。角隠しから見える女の顔は美しかった。美しいものに引き寄せられるのは人間ばかりではないようだ。何かが来る。
「姫。カタ様が」
「なんじゃ。兄上か」
 そうして白無垢のまま、立ち去っていく。宮古はぼんやりと女の後ろ姿を見ていた。とりあえず武藤を起こそうとする祐樹に白木が遮る。白木は武藤を抱きかかえる。
「白木、おまえ面白がっている場合では」
「おまえ、状況がわかっていないんだな」
 白木の言葉によってようやく祐樹は辺りを見まわした。そこには人間でもない化け物達の怒りの目があった。
「せっかく楽しく酒を飲んだのに邪魔をするのか」
「あわよくば婿殿を食らうつもりか」
「人間よ。なぜ姫の邪魔をする」
「楽しい酒が」
 祐樹は「承諾したわけじゃない。誰が化け物と結婚するのか」と叫んだ。宮古は黙っている。確かに承諾したのは宮古だ。
「どうすればいいんだ」
 宮古は頭を抱えていた。宮古はどうしたいのか祐樹にはわからない。
「あんた、宮古さん、どうしたいんだ」
「いや。私もわからないわけではないんだ。拒絶すれば殺されることくらい」
「なんでそう思うんだ。無理やり連れて行かれたからって」
「こういう話はそういう終わり方が多い」
「違いますよ」
 武藤が声を上げた。
「生きなきゃだめですよ。相手の正体を見破れば相手は逃げます」
 武藤の言葉に白木は「正体なんてない」と言い出す。じゃあと武藤は宮古に耳打ちした。それを聞いた宮古は「それでいいんですか」と尋ねていた。
 武藤はそのまま黙っていた。
「何を話している。人間、どんな企みがあろうと我らが打ち消す」
「今食ってしまおう」
「そうだ」
「白木」
「いやだね。俺はおまえのお守りじゃないんだ」
「愛玩だろう」
 白木はいつの間にか消えていた。化け物達が武藤と宮古と祐樹を囲む。形がドロドロしたもの、目玉だけのもの、蛇に似ているもの。いろんなものが武藤に向かって手を伸ばそうとした。
「こいつはうまそうだ」
「白木も逃げ出したか」
「まず、目玉を」
「いや脚を」
「手を」
 化け物の手をつかまれ、白木と叫ぶ武藤がいた。そのまま武藤の手を化け物が口に含む。祐樹は叫んだ。
「お祝い事に流血沙汰を起こしたら、どうする。血で汚したら、姫は怒るぞ」
「うるさい。バレなければいいのだ。血も吸い取ってやる」
「ひい」
 白木と武藤はつぶやく。武藤には覚悟ができたのか、目をつぶった。痛みが走る。手に柔らかな舌が絡みつく。湿っていて、歯が当たっている。
「うふふ」
「みな、やめないか。祝い事に血を染めるのか」
 湿った何かから武藤の手は解放された。気持ち悪いのが唾液だ。誰かの声、一体誰だろう。武藤は穢れのせいか、具合が悪くなっていた。頭がふらふらする。体に悪寒が走る。
「死者が出るところだったか」
「すみません。すみません。せっかくうまそうな肉をありつけると思っただけです」
「姫が知れば八つ裂きだ。私の胸の中にしまっとくが、これ以上の騒ぎを起こすな。姫はお怒りだ」
「なんででしょうか」
 いつの間にか、武藤をこの場から連れて行った男がいた。男は無表情に祐樹を見た。どうやら止めたのはこの男らしい。
「白木殿が私を呼ばなければ危ないところだった。血で神聖な儀式を汚すところだった」
「大丈夫ですか」
 宮古は武藤を気遣うように言った。宮古の顔は青ざめたまま、武藤の唾液に濡れた手を触ろうとした。が、遮るように男が武藤を触る。
「白木殿、愛玩は返します。婚姻の儀はそれからだ。まったく」
 そう言った男は軽々武藤を背負う。体重のあるはずの武藤を軽々背負うところを見て宮古は青ざめていた。人ではない。それがわかったのだろう。祐樹はわかっているのかわからないのか、男の後をついていく。
 白木と顔を合わせた男は「ついて来てください」と言い始めた。宮古はついて行こうする前に化け物達に押さえ込まれた。祐樹は振り返ろうとすると「何もしませんから」と男が言った。
 本当に大丈夫かと武藤は意識が遠くなる中で思った。


 香り、甘い香りがすると武藤は思った。温かい、ふわりと頭を軽くするような。目をつぶっている武藤に柔らかな布が手に触る。優しく拭われる。肌が温かいものに触れる。
 武藤はぼんやりと目を覚ます。武藤の周りには行灯が見える。いくつか置いてあり、電気より明るいわけではないが、周囲を照らすには十分だ。柔らかな光が浴室に照らさせる。隅は薄暗い。広い浴室、二人は優にはいれるくらいの大きさだ。白い浴室は足がついていないで、壁の隅にある。白い陶器でできているのか、洗い汚しもない。武藤はなだらかな曲線を描いた壁に体をあずけていた。ぴちゃりと、体の腕を布が拭う。
「どうだ。気持ちいいか」
 白木の声に武藤はギョッとしたまま、顔を上げた。
「体を清めているんだ。ありがたく思えよ」
「自分でできる」
 自分が一糸纏わぬ姿であることを自覚する。恥ずかしさがあった。白木が普段守るために風呂にいたことがあり、そのときは何も思わなかった。しかし、今違う。触れているのだ。
 白木は面白いといいたげに「恥ずかしいのか」と問いかけてきた。
「祐樹は」
「下がってもらった。俺は愛玩を救わなければならない」
「ふざけるな。いつ」
「ふん。まあ可愛い奴を八つ裂きするようなバカはいない。許してやるよ。忘れたとは言わせない。おまえは俺に借りがあるんだ」
 武藤は白木をにらみつけた。湯から白木の手が伸びる。それは実態があり、触れることができる。白木の手が迷いなく、武藤の顔に伸びる。
「顔を拭いてやるよ」
 湯船に沈んだ、薄い手ぬぐいを絞って、顔に寄せてくる。体がうまく動かない武藤はされるがままだ。手ぬぐいのなめらかな肌触りに目を閉じた武藤は感じ取れた。優しいとは言い難い手つきで顔の汚れを取る。
「おい。目を開けろ」
 武藤は目を開けると白木の顔が目の前にあった。そうして近づいてくる白木の顔をまじまじと見ていた。
「おまえ、俺のものになるか」
「いやだ」
 そう言った武藤に白木はニヤリと笑い。武藤の頬をペロリとなめて、甘噛みをした。
「……まあ、そう言うよな」
 やめろとも言わない武藤に白木はそれ以上何もせず、ただ湯に浸かって、白木は自分の体を手ぬぐいで自分の体を拭っていた。


「武藤、大丈夫か」
 風呂に上がれるようになり、水をもらっていた。武藤の顔色がいいのか祐樹は安心したような顔をした。
 ただ体がしびれて動けないでいた。白木は武藤の隣で冷えた水を飲んでいた。籐のいすに座って、はあとため息をつく白木を武藤はにらみつけた。
「何のんびりしているんだ。婚姻の儀が始まったら」
「もう終わりました」
 男が言った。いきなり現れた男に白木は手を振る。
「じゃあ、俺達は帰ろうかな」
「宮古さんは」
「ああ。姫に服従せず、名を付けようとしてお仕置きをされています。かわいそうなことをしました。誰があんな入れ知恵をしたんでしょうか」
「おい。姫は無理やり宮古さんを連れて行った。宮古さんは同意したわけではないぞ」
「何を隠そう、姫はあの方の願望を叶えただけです」
 祐樹は男にくってかかろうとした。が、何か透明な壁に阻まれ、それ以上いけなかった。男は平然としている。
「宮古さんに会えないのか」
「会えますよ」
 では、お連れして差し上げましょうと男が言った。一間に入る。宮古はいた。しかし、目は獣のように、鋭いものになっていた。あの柔和な顔つきではなく、ひどい荒々しい顔をしている。
「宮古さん、帰りましょう」
「帰りません。私はここにいます。姫という方は素晴らしい。私はあの人に触れて」
「おい。宮古さん、目を覚ませ」
 祐樹が言うが、宮古はうっとりした表情を緩めない。姫と叫ぶや否や、襖を開けて女がいるところに行く。
「よしよし。やはり。私のところがいいのね」
「あんた、満足かよ。こんなことまでして」
 祐樹は女の膝にまとわりつく宮古を苦々しく見ながら言った。女は艶やかな笑みを浮かべた。まるで母親のような、娘のような、不思議な笑みだった。
「いいの。これを望んだ。この人が望んだことですもの。枷がはずれたからこうなっているだけ」
「返せ。宮古さんを返せ」
 祐樹は叫んでいた。祐樹の叫び声など聞いていないのか、宮古はまるで猫のように伸びていく。
「姫。姫」
「はい。はい。ちゃんと良い子にしていればご褒美がありますよ」
「宮古さん。宮古さん」
 武藤は痺れた体で宮古に近づいてきた。白木が支えている。
「名前。失敗しましたか」
「なに、それ」
「すみません。俺の力不足です。あなたを救えない」
「救われたよ。君が苦しむことじゃないよ。私はこうなることをわかっていた」
「宮古さん」
 祐樹が叫ぶと、宮古は笑った。
「正気に戻ったら、またおじいちゃんおばあちゃんに会いに行く。今こうしていたいんだ。ねえ姫」
「好きなだけ。好きなだけ私の側にいてください」
 私の愛玩と姫は言っていた。祐樹はゾッとしたように姫を見ていた。姫は自分の世界にいるようで、祐樹の視線など気にしていないようだった。宮古は幸せそのものと言ったように膝を顔に沈めた。
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