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一つか二つか(1)
しおりを挟む「夜は俺が飯を作る」
仁王立ちで宣言した雪哉を見上げて、ソファに座る奏斗はぽかんとした。
「俺作るけど? 休みだし」
「……俺がつくる」
奏斗に家に帰ってきて数週間。
奏斗が連れ戻しにやってきたあの日から、雪哉はまたもやおかしくなっていた。
一緒に寝た、キスした、一緒に抜きもした。
やつは雪哉に完全に情が芽生えていると確定していいだろう。
雪哉も認めてしまえば、情が芽生えているのだと思う。
でも何となく、ただのそれとは違うような気がするのだ。
奏斗に褒められたら心臓がふわっとするし、あいつが笑うとばくばくするし、触れられると何かが溢れそうになって……
もっともっと欲しがってほしい。こんなに懐いてやっている。
こんなのおかしい。わかっている。
……だから、奏斗も同じくらいおかしくなってしまえばいいのに。
ソファの肘掛けに手を置いてぐっと近づく。
「……リクエスト。聞いてやってもいいけど」
言うと、奏斗が「え」と眉を顰めた。
「大丈夫か? お前」
「あ? どういう意味だお前」
圧をかけると、少し間をおいて奏斗はふっと顔を緩めた。
「いや、なんでもない。じゃあ任せていいか?」
「……リクエスト」
聞いたものの、さっきから心の中では一つの料理名をひたすら唱え続けている。
「じゃあ、ビーフシチューで」
レシピの写真とほぼ同じような見た目になった鍋の中を見て、雪哉は少し口角を上げた。
実は、失敗したあの日から、たまに練習していたのだ。
「おい奏斗、もうそろそろできるぞ」
テレビを見ながらソファに座る奏斗にキッチンから声を掛ける。
「ん、わかった。いい匂いするな」
腰を上げこちらに向かって来ながら、少し笑っている。
そのままキッチンに回ってくると、鍋を覗き込んだ。
「おお、うまそう」
「当然だ。お前は座ってていいから」
テーブルに並んだ自分の作った料理。といっても、本当にビーフシチューだけだが。
いただきます、と言って、奏斗がスプーンを口に運ぶ様子を凝視する。
「……ん、美味しい」
そして口に含むと、少し目を見開いて呟いた。
「ほんとか?」
「うん、完璧。おかわりもしていいんだろ?」
「……ああ、好きなだけ食え」
自分も食べてみると、確かにおいしい。雪哉は心の中でガッツポーズをした。
奏斗も、さっきからなんだか機嫌がいい。そういえば、雪哉が色々できるようになる姿を見るのが楽しいとこの前言っていた。
「……これからも飯、つくってやろうか?」
一瞬思い浮かんだだけの、そんな提案が口から出てきてしまう。
慌ててなかったことにしようとしたが、思いとどまって抑えた。そうだ、胃袋を掴むといいとかなんとか言うし……。
「お前、どうしちゃったの?」
眉を下げて笑う奏斗が堪えきれないように言う。
「他の家事もしてくれるようになったし、料理もするなんて。嬉しいけど負担じゃねえの?」
たしかに、最初の頃の雪哉と比べると全く異なる。家事なんて、むしろ嫌がっていたというのに。
「……いいんだよ、趣味になったから」
「家事が趣味って、お前すげえな」
そんなやつなかなかいねえぞ、と食べる手を進めながら面白そうに言う。
別に負担じゃないし、ちょっと面白いし、奏斗がその成果を見るのだと思うと、苦ではない。なんかしたい、そんな気持ちは高まる一方だ。
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