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知るか知らぬか(6)

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「何言ってんだお前」

「あー……はいはい」

 とりあえず。やっと耳を離してもらったことはいい。

 それより、雪哉は普通にキスがしたいのだ。

 だって、奏斗と初めてキスしたときめちゃくちゃ気持ち良かった。だからしたい。今の感じならしたって別にいいはずだ。

 また今度は身体を触り始めた奏斗の顔をぐいと引き寄せる。

「いて、なに?」

「キスしろ」

「……どこに?」

 少し間を置くと、一瞬でニヤニヤ顔になった奏斗。

 おい、今度は、なんのスイッチが入ったと言うのだ。キスしろと言ったら、わかるだろうが。

「キスしろったら……」

 キスがしたい。一度湧いた欲求は一気に膨れ上がってたまらなくなる。

 この後に及んで意地悪をするというのか、この男は。この俺をさんざん焦らしておいて。

「奏斗、いやだ、しろ……っ」

「こら引っ張るな。あーもう。お前は全く……」

 意地悪はものの数十秒で終わり、観念した奏斗は余裕なさげに唇を重ねてきた。

 身体ごとぐいっと起こされて、奏斗の膝の上に乗っけられる。

 足と腕を巻きつけてぎゅうぎゅうくっつきながら少し口を開ければ、今度は意地悪なしに舌を寄越してきた。必死にそれに絡めさせていると、それに応えるように絡め取られる。

「ん……ふ」

 気持ちいい、気持ちいい。

 奏斗の熱が伝わってきて、浮かされ惚けてしまうようだった。

「あ……」

 しばらくして離れると、なくなった熱を名残惜しく思いながらも奏斗をぼうっと見つめた。

 今日はいつもと何もかもが違う。ただの処理のようだった前とは、全く違う触れ方、雰囲気で。

「お前、キスされるのも褒められるのも好きだよな」

「キスは好き、けど……褒められるのは別に……」

「なんで? いつも褒められたくてがんばってたでしょ」

 ちげえし……と顔を逸らして黙り込む。

「ったく。素直じゃねえな」

「うるせ」




「奏斗、それ……」

 奏斗の膝の上に乗りながら、ズボン越しに膨れ上がっているそれを見つける。

「あー……気にすんな」

 ……今まで、こいつが自分に勃つなんてことなかった。

 無意識下に奏斗のそこに手を伸ばそうとしたら、ぱしりと止められる。

「勃つんなら……」

 その欲を雪哉にぶつければいい。

 すり、と膝を寄せて誘う。

 すると、奏斗は諦めたようにため息をついて、驚くことに、こんなことを言ってきた。

「じゃあ、一緒にしてもいい?」

「え……」

 驚いている雪哉を気にすることなくぽすりとベッドに寝かせる。

「で、いいの?」

 上から見下ろす目に、少しばかり怯んだ。

 だって、今までずっと雪哉のばかりして、自分はどうでもよさそうだった。それが……

 ……くそ。

「……好きにしろよ」

 冷静を装いつつ、顔を背けて答えると、じーっとチャックを下ろす音がする。

 ちらりと目をやると、雪哉のよりも立派な奏斗のもの。夜這いしたあの夜、暗闇で見たとき以来。それが雪哉のものに重ねられるところであった。

「あ……っ」

「大丈夫?」

 躊躇いなく二人分のそれを握り込んで尋ねる奏斗に、こくこくと頷く。

 雪哉の様子を確認し終わると、上下に手を動かし始めた。

「あ、あ……」

 直に感じる質量。

 奏斗とこんなことをしているというだけで、頭がくらくらとする。

 だんだんと激しさを増すそれに、いやでも勝手に腰が動いてしまう。

「奏斗、奏斗……」

「ん?」

 幼く名前を呼ぶ雪哉に、奏斗が顔を寄せる。その体にぎゅっと抱きついて、空いた隙間をなくそうとした。

「ん……あ……っ」

 熱い、熱い。熱が直接伝わってきて。

 触れるもの全てが奏斗で、いれてもないのにおかしくなりそうだ。

 早くも込み上げてくる快感に、全身を震わす。

「やだ、奏斗……っ」

「ん、今度は何がいや?」

 奏斗が覗き込んでこようとしたが、雪哉は阻止するようにその肩に顔を押し付けた。

「もういっちゃう、やだ……」

 自分は、こんなに余裕のない人間だっただろうか。

 早すぎて嫌だ。でも取り繕うことすらできなくて、彼の耳元でそう漏らすことしかできない。

「……雪哉」

 ところが、そこで奏斗もついに余裕が崩れたかのように見えた。

 ひっついて離れない雪哉を引き離したかと思えば、少し乱暴に口付けてきたのだ。

「んぁ……っ」

 覆い被さって、そのせいで影になっている奏斗の顔。

 あれほど興味がなさそうだと思っていた目は今、しっかり雪哉を見据えていた。

 ──溶かされていく。

 その感覚に身を委ねながら。

 抗うことも、もう難しい。

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