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知るか知らぬか(3)
しおりを挟む車が動き出した。奏斗の家に向かって。
もう戻れない。
その選択をしたのは間違いなく雪哉であった。しかし、奏斗も雪哉という厄介なヒモ男を手放すチャンスを逃したのだ。お互い様である。
ひと段落して二人きり。
何となく黙り込んでいたが、しばらくして奏斗がその沈黙を破った。
「雪哉、腹減ってない?」
「え、あ、今は減ってないけど、これから減るかも……」
なんてことない会話なのに、なぜか言葉に詰まりながら答えた、らしくない雪哉に奏斗がふっと笑った。
しかし、何を思うより先に、横顔でも笑顔を見たのが久しぶりで思わずじっと見てしまった。ハッとして急遽目を逸らしたが、今度は一人で何をやってるんだと自分に呆れる。
「あと、一つ聞きたいんだけど」
近づく信号が赤になり、車が緩やかに止まる。
切り出した奏斗に、逸らした目を再び運転席の方に向けた。
「……お前って、なんでこうなったの?」
「それは、なんで俺がヒモをやってるかってことか」
「それも含めて色々。いや、言いたくないならいいんだけど」
要は奏斗に会うまでのことを聞かれているのだろう。
顔だけこちらに向いて、すっとこちらを捉える。
ようやく気になったのか、奏斗にこういうことを尋ねられるのは初めてだった。
「……別に、大したことじゃねえけど」
それでも、奏斗は雪哉がいいなら知りたいと言った。
信号が青に変わると、再び走り始める。
自らは進んで語ったことのない今まで。今なら話してもいいと思えた。
それから車に乗っている間、雪哉は今に至るまでのことを、ぽつりぽつりと語り出した。
子供の頃のこと、家を出たときのこと、初めての飼い主に拾われたときのこと……。
慣れていないぎこちない口で語り終えた後、奏斗は少し間を置いて、
「お前は寂しかったんだな」
とだけ言った。
寂しい? 自分には馴染みのない感情だと思っていた。そう思う前に、それがあまりに普通になっていた自分には。
奏斗が「寂しそうだから」と言って一緒に寝た時もそうだ。適当に言っただけだと思っていた。今思えば、奏斗は本気でそう感じ取っていたのだろう。断じて、寂しいアピールではなかったが。
なら、その時も、子供の頃も、白鳥の家で閉じこもっていた時も、もしかして本当は寂しいと思っていたのだろうか。
そう考えると、自分のことなのに、とても信じられない気がした。でも同時にしっくり来るような気もして。でも、そうか。そうだったのかもしれない。
雪哉はどうもその感情に疎い。
でも、今となってはそれも大丈夫だと思った。
今はもう、雪哉が自覚していなくても、言えなくても、気づいてくれるこの男がいるから。
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