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食べるか眠るか(6)
しおりを挟む俺が行こう、とどこか重々しい顔つきで白鳥が立ち上がる。いつもは誰か来るときに部屋に入れと言うのに、今日は言わないらしい。
白鳥は玄関の方へ向かっていった。鳴ったのは、すぐそこの玄関のインターホンらしかった。
やがてドアが開く音がして、遠目に話し声が聞こえてくる。何を話しているかまではわからない。いつも話の内容なんてどうでもいいのに、今日の白鳥の様子が変だったこともあり、少し気になった。
すると、突然話し声が聞こえなくなる。
その代わり、廊下がドタドタと鳴り出した。
なんだ? と雪哉は扉の方に注意をやる。
誰かの足音なのは明確で、確実にこちらに向かってくるのだ。でもこれは白鳥ではない。
となれば、一番最初に思い当たるのはあのヒステリック妻だった。
まさか、白鳥あいつめ、また油断したな。
慌てて立ち上がりはしたが、もう逃げる間もない。
隠れる場所もない。
ただ立ち尽くしてその足音が近づいてくるのをもう待つしかなく。
────ついに、リビングの扉がバン! と音を立てて開け放たれてしまう。
そして、その足音の正体と目が合わさる。
「え……」
その瞬間、雪哉は言葉を失ってしまった。
思えば、白鳥の制止の声も聞こえなかったのだから、そこで不審に思うべきだった。
だって、今、目の前にいるのはあの妻ではない。
「雪哉……よかった」
そこにいるのは、少し焦りの表情を浮かべた奏斗だった。雪哉の顔を確認するなり、安心したような表情をする。
……奏斗?
嘘だ。本当に奏斗なのか?
まさかの人物の登場に、雪哉は嬉しいとか何だとかより、とにかく混乱した。
間違いなく見た目は奏斗だが、疑うように目をぱたぱた瞬かせる。
「なんで、奏斗が……」
「それは」
「それは、この男が俺をストーカーしたからだ」
遮るかのように、後から戻ってきた白鳥がそう言った。
とんでもない状況な気がするのに、冷静な白鳥は何か知っていたということだろうか。
「……まあ、そうだけど。ストーカーとか人聞きわりい」
加えて、奏斗も落ち着いている。何もわかっていないのは雪哉だけのようだ。
「お前より俺の方が雪哉を……」
「……はあ、でも監禁はどうかと思うけど?」
雪哉を置き去りに、何か勃発しそうな二人。
雪哉はその間に割って入り、すでに何人か殺していそうな顔で二人を睨みつけた。
「お前ら、ちゃんと説明しろよ」
ダイニングの大きなテーブルに、三人で向かい合うように座る。雪哉はいわゆる誕生日席に座り、二人の様子を伺った。
「──で? 何があったんだよ」
「簡単なことだ、雪哉」
まず初めに、白鳥が語り始める。
「昨日この男とたまたま会い、そのまま追いかけてきたんだ」
それが意味わからねえんだけど、と思いつつ、とりあえず耳を傾けることにする。
しかし、その口ぶりからして、奏斗のことを顔まで把握していたのはやはり確かなのだろう。
「それで、すぐ車に乗って撒いていたものの……」
「こいつが何を思ったのか途中で撒くのをやめたから、この場所がわかった」
腕を組んでいる奏斗が続けると、認めるように白鳥が頷いた。
今度は奏斗が語り出す。
「俺はちょうどこの辺に来てて白鳥を見つけた。で、電話で物騒な会話をしているのを聞いちまって」
「物騒な会話?」
「雪哉が外に出ようとしたらすぐ捕まえろやら何やら」
「ああ……」
白鳥がバツ悪そうな顔をする。それくらい今更驚きはしないが、電話の内容が聞こえるほど近くにいたなんてものすごい偶然だ。
ということは、雪哉の危険を察知してここまで来たということだろうか。何だかんだ放って置けないところは変わっていないらしい。
「それで俺も車で追いかけて……最初は逃げられたけど、さっき言ったように急にやめたおかげでここのマンションがわかった」
「撒くのをやめたって、なんでだよ?」
白鳥らしくない行動である。
二人して白鳥の方を向くと、白鳥は観念したように口を開いた。
「……俺は、雪哉を連れて帰ってからずっと家から出さないようにしていた。それは、俺は雪哉が好きで、手放したくないと思ったからだ」
俯きがちに声を落としながら語る。改めて好きだと言われるのは初めてだったので、少し驚いた。
しかし、ここで奏斗がガタッと音を立てて立ち上がる。
「……好きだったらやってもいいのかよ」
いつも以上に冷えた表情で静かに言い放たれる言葉。見下ろす目に、雪哉まで少し怯んでしまった。
監禁が良くないことなのはわかっている。でも、奏斗がそこまで怒ったことに内心驚いた。
「……ああ、日に日に雪哉が弱っていくのがわかった」
少し間を置いた後、答えるように白鳥が再び話し出す。奏斗も、聞くためもう一度椅子に腰を落ち着けた。
「俺は雪哉を手元に置いておくために、少々強引なこともする。今まではそれで大丈夫だった。でも、この一ヶ月見てきてわかった。何があったか知らないが、雪哉は変わった。……俺は、このままではお前を壊してしまうだろう。でも、縛り付けるのをやめてやれる自信もない……俺は、お前を壊したくはないんだ。だから、逃げてくれないか、雪哉」
そう言って、落ち着いた表情で雪哉をまっすぐ見つめた。
それが理由ということか。今まだ迷いのある白鳥の表情からして、最初に逃げてからやめるまで少なくとも葛藤があったのだろう。
ずっと、白鳥は自分を手元に置きさえすればあとは何でもいいのだと思っていた。なのに、彼は自分を抑えて逃がそうとしている。雪哉を壊したくないがために。
そのきっかけが奏斗だったということだ。
「それが昨日の夜のことだ。すぐにこの男が追いついてきて、俺が最後に1日寄越せと言った。まあ、1日も待てなかったようだが」
それで今日、様子がおかしかったのか。
「すげえ真剣だったから了承したけど、帰ろうにも逃げられたら困るし下で待ってたんだよ」
今日の夜、ということは白鳥が帰ってきた時には既にいたということだ。そして雪哉が完全に寝ている間も、今日この時間まで、まさかずっと待っていたと言うのか。
「……ありがとな、奏斗」
「……え? ああ」
突然の礼に、わずかに驚いたように奏斗が目を見開く。
初めて奏斗に礼を言った。奏斗が来てくれなかったら、本当にここから出ることができず壊れてしまっていたかもしれない。
二人の様子を見る。
たぶん、話はこれで全てだ。
「じゃあ俺、もう出て行くから」
「え……今か? まだ次の行き先がないだろう。見つかるまではここにいればいい。その間、俺は寄り付かない」
さっきの今でいきなりだが、雪哉に限っては珍しいことでもないので白鳥は驚いてはいない。ただ、心配そうな表情を浮かべている。
「いい。たまにはこういうのもアリだろ」
白鳥の思いを汲むためにも、すぐにでもここからは出た方がいいだろう。
いつも通り、ほぼ手ぶらでいい。飼い主はすぐに見つかるかわからないが、また上手くやればいい。
一通り頭の中で計画とも言えない計画を組んで、雪哉は立ち上がった。
後に続いて、覚悟を決めたような面持ちで白鳥も立ち上がる。
「……わかった、下まで送ろう」
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