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食べるか眠るか(4)

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「じゃあ、今日もできるだけ早く帰ってくるから」

「わかった」

 白鳥のもとに戻ってきて二週間しばらく。

 元の携帯はここに連れて来られる車の中で電源を切らされた挙句処分され、全く新しいものを与えられた。白鳥としか連絡がとれない。

 なんなら、家から出ることもできていなかった。出ようものなら、死角なしの監視カメラに捉えられ速攻見つかる。

 ──これ、軽く監禁されてないか? 

 そう気づいたのは一週間後。

 別に、逃げようなんて思っていないのに。

 部屋に戻って、ベッドに沈む。

 毎日、ここで白鳥と寝ている。あいつには元々本当の家があり嫁と一緒に住んでいたというのに、雪哉が帰ってきてからはずっとここで寝泊まりしていた。結局、あの嫁とどうなったのかも聞いていない。

 雪哉は溜息をつきながら、仰向けになっていた体を横にする。

 ……元に戻ればいい、なんて簡単なものではなかった。

 たしかに、雪哉はただいるだけで生きていられる。けれど、同時に死んでいるようでもあった。ここに来た日から、雪哉はずっと埋められない喪失感を感じている。

 ……おかしいな、白鳥はあんなに求めてくるというのに。

 雪哉は、奏斗に限らずそれを求めていたはずだった。だって、なのに、そうじゃなくて、求めてほしいけど、それだけじゃなくて……。

 あれ、どうして俺は奏斗に求められたかったんだっけ。

 どうして、白鳥じゃなくて、あんなに奏斗に興味を持ってもらいたかったのか。

 ……だめだ、ここ最近なにもせず寝転がるだけだから、色々考えすぎてるんだ。

 ああ、ほら、今日も何もせず考えるだけで昼になってしまった。

 雪哉は、思考を強制終了させて、キッチンに向かうことにした。

 キッチンには、白鳥が朝にシェフに届けさせた食事が置いてある。

 一度冷めても美味しいものを作らせたから、と申し訳なさそうに言っていた白鳥の顔を思い出す。

 だったら、前みたいに昼にシェフを呼べばいいだろ、と言いたかったが白鳥は一切雪哉に誰とも会わせたくないようだった。








 一ヶ月が経った。状況は何も変わっていない。

 雪哉はいつも通り置かれた食事を温めもせずに、椅子にも座らずキッチン台で立って食べ始めた。

 おいしい。そりゃあ、一流シェフが作ったのだから、そうか。冷たくてもおいしい。でも、奏斗がつくってくれたご飯のほうがおいしかった。

 家だって、雪哉が何もしなくたって綺麗だ。三日に一回掃除をする人間が入ってきて、その間雪哉は部屋に追いやられるのだ。

「……う」

 突如として、とてつもない吐き気が襲ってくる。

 乱暴に箸を置き、慌てて自分の部屋に戻るとベッドに飛び込む勢いで突っ伏した。

「はあ、はあ……」

 すぐに吐き気は治まったが、激しい運動をしたわけでもないのに心臓がバクバクしている。

 原因不明のそれに焦りながら、とにかく落ち着かせようと胸を押さえつつ、深呼吸をした。

 ──それとは裏腹に、頭の中ははっきりしていた。

 雪哉のまわりにはいつも誰かいたが、心を通わせた者はひとりとしていない。それを、誰かのせいにするつもりはない。生い立ちや何かもを含めた雪哉自らがそうしてきた。

 一人。それが雪哉の普通。だから、たまに雪哉を不憫がる人間がいても、そいつの方が理解できなかった。とりあえず、むかつきはしたのだけど。

 でも、だからなんだと言うのだ。

 またわからなくなる。

 ……もういい加減、考えるのはやめにしよう。

 食事をとろうにも吐き気を催すのなら、何をすることもできないのなら、もう眠ってしまいたい。

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