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食べるか眠るか(3)
しおりを挟むだからと言って、劇的な展開は巻き起こらない。
雪哉は翌日、予定通りあっさり奏斗の家を出た。
憎いほどに明るい青の空を生で見るのも久しぶりだ。ここのところはずっと家にいたから。
「雪哉」
エントランスを出たところで、すぐに名前を呼ばれる。モニター越しに毎日嫌になる程聞いていた声だ。あのマンションに来いと言っていたくせに、やっぱり待っていたか。
「……白鳥」
嬉々とした様子の白鳥が雪哉の目の前にやって来て、一度ハグをされた。久しぶりの雪哉の存在を確かめるようなきついほどの抱擁。
「いいから、さっさと連れて行けよ」
「もちろんだ。乗ってくれ」
自分の車で一人で来ていたらしい。前から変わっていない白鳥お気に入りの高級車が後ろに見えた。
助手席に促されて、素直にしたがって乗り込む。ここも前に何度も座ったことがあるが、当然ながら奏斗の車の雰囲気とは違った。
「戻って来てくれて嬉しいよ、雪哉」
運転席に乗り込んできた白鳥に、うっとりとした様子で頭を抱き寄せられる。
「……いいから、早く」
微笑みを浮かべたままの白鳥はわかったと言うとすぐに車を発進させた。
気づかれない程度にため息をついて、上質なシートの背もたれに体を預ける。
……本当に、あっさり出てこれたな。
そりゃあ、そうか。今までもそうだった。あっさり出会い、あっさり別れる。生まれた時からそうだった。周りに人がいても、雪哉はずっと一人だ。だからって悲観することもなくそれが普通で、だけど一人で生きていけないことも知っていて。だから今の雪哉になっている。
むしろ、奏斗の家にいた時に人間らしくなりすぎたのだ。そして、おかしくなってしまった。
暗くも明るくもない波立たぬ海みたいな雪哉の中に、ひとつの心地よい風が舞い込んできた。
窓の外に目を向けると、サイドミラー越しに奏斗のマンションが遠ざかるのが目に入る。
雪哉は車に揺られながら、ただそれを無表情に見つめていた。
「腹は減ってないか」
車から降りた後、部屋に向かう途中で白鳥が上機嫌に聞いてきた。
車に乗っている途中で電源を切らされた携帯は既に白鳥に没収されてしまい、いよいよ後戻りはできない。
「減ってない。食べてきたから」
「なんだ、なら大したものは食べてないんだろう。すぐに用意させるから」
「だから、いいって。大したものじゃなくないし」
若干ムキになって答えると、白鳥が少し驚いた顔をした。
……何言ってんだ、俺は。
「まあ、ならいいが」
深くは聞かないらしい。部屋の前まで着くと、久しぶりに見るその玄関ドア。またここに戻ってくるとは思わなかった。
しかし、そのまま白鳥が開けてくれるのかと思いきや、雪哉が開けるよう促してきた。
「なんだよ」
「雪哉が自らここを開けることに意味があるのだろう?」
こういうところ、相変わらずだ。突っ込むのも面倒くさいので渋々自分で開けることにする。
慣れた様子で入ると、数ヶ月前までいた家の中はそのまま、少し綺麗になっているだけだった。
後ろから白鳥が続いて入ってくる。
「おかえり、雪哉」
リビングに入ったところでまた白鳥に抱きしめられた。これは、また白鳥に飼われるための儀式みたいなものだ。
「……ただいま」
言いたくもない言葉が出てくる。でも、下手なことをすればこいつは何をしでかすかわからない。と、またらしからぬ考えを巡らせて、無理やりその言葉をひねり出した。
「じゃあ、俺、疲れたし……」
部屋で寝る、と言おうとしたところで、突然ソファに押し倒された。出て行く前から変わっていない、ツヤツヤとした黒いソファ。
上からのしかかる白鳥を思わず突っぱねようとしたが、その手はすぐに押さえつけられてしまう。
「おい、いきなりなにすんだ白鳥……っ」
「何って、することは一つに決まっているだろう」
「あ……」
そうだ、何を言っているんだ、俺は。
こいつに限らず、元から飼い主とすることといえば、それしかないというのに。
「雪哉……。本当に戻ってきたんだな。嬉しいよ。雪哉」
奏斗のせいで、随分感覚が狂わされたもんだ。まだあいつの顔が浮かんできて、雪哉は自嘲気味に笑いをこぼした。
「おい、がっつくなよ。あとソファは嫌だ」
「ああ、今ベッドに連れて行こう」
すっかり興奮した様子の白鳥。
対して雪哉は、乗り気になれないでいた。
でも、セックスなんか、風呂に入る、歯を磨くと同じようなもの。なら、これくらい大したことはない。
無意識にため息が溢れた。
唯一の救いは、ただ元に戻るだけでいいってことである。奏斗と出会う前の雪哉に。
ただそれだけ。
そんな簡単なことで済むのなら、それでいい。
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