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見返すか見守られるか(2)
しおりを挟む「──雪哉、泥棒でも入った?」
「……黙れや」
奏斗が帰るなりそう言い、雪哉は目を逸らした。
わかっている。奏斗が言っているのは、今まさに目の前に広がる惨状のことである。
奏斗が仕事に行っている間に、雪哉は洗濯と掃除と料理に挑戦した。
ところが、かえって散らかっている部屋に、びしゃびしゃになった床、キッチンには冷蔵庫にあった食材たちの無惨な姿……。
掃除に関しては、小中学生の頃を思い出して屈辱的な思いで雑巾がけをしようとしたのだ。そろそろ奏斗が帰ってくると気づいて、夜ご飯だって作ろうと思ったが思いのほか難しくて何度も失敗した。レシピを見ながらやってもできないなんて。やればできると思っていたのに。
家事は誰でもできるなんて言っていたかつての自分が恨めしい。
「……もしかして、ご飯作ろうとしてた?」
奏斗からしたら、まずそこから信じられないのだろう。驚いたように目を開いた。
「別に、気が向いただけ」
目も合わせずに言う。
もう無理だ、と雪哉は散らばった食材を片付けようとして、「なにつくろうとしたの」と聞かれた。
答えたくねえ……と思いつつ、「……ビーフシチュー」と呟くように料理名を告げる。
「へえ、結構本格的にやろうとしたんだな」
台の上を見回して、平然と奏斗が言う。どうせ、こんなこともできないのかと思っているのだろう。もしかしたら怒られるかもしれない。奏斗は料理が上手だし、当然家事もできる。だから、余計バツが悪かった。
「もういい、片付ける」
「あー待て待て、材料はあってるから、このまま一緒につくるぞ」
「え?」
「俺の分もつくろうとしてくれたんだろ。あと部屋の掃除もしようとしてたみたいだし。ありがとな」
いつもの表情でさらっと言われたその言葉に、心臓が急に浮き上がった。
奏斗は先に着替えてくると言って、脱衣所に向かっていく。
そんなことを言われるなんて思わなかった。そもそも、奏斗にありがとうなんて言われることが初めてだった。
だって、こんな、失敗しかしていない。部屋だって、掃除どころか逆に散らかした。ご飯だってレシピを見てもできなかった。でも、奏斗は怒るどころか、少し笑って礼を言ったのだ。
雪哉が若干困惑していると、奏斗が脱衣所から着替えて戻ってくる。
「もしかして洗濯もしてくれた?」
「あ……やったけど」
干してあるのが見えたのだろう。粉末洗剤をぶちまけた後、なんとか洗濯だけには成功したのだ。
やって悪いことはないのに、なんとなく恥ずかしくなってそっぽを向くと、また「ちゃんとできてるじゃん。ありがとな」とまた言われてしまった。
……なんか、変だ。ただ意地でやったことだけど、なぜか心がふわふわとした。
「なんでいきなりやろうとしてくれたのか知らないけど、助かるよ」
と、さらに頭を撫でられて優しく微笑まれると、心臓はとんでもない速度で鼓動を刻み始める。変だ、すごく変だ。
こんな奏斗、普段は絶対に見られない。
途端、自分が今日頑張ったことに、とんでもなく気恥ずかしい気持ちを覚えた。でもそれが全然嫌な気分じゃない。
奏斗はそんな雪哉に気づくことなく、じゃあつくるか、とキッチンに立つ。雪哉もその横に並ぶ。このおかしな心臓がバレないよう、隠しながら。
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