野うさぎは夜に寝床を見つけるか

黒崎サトウ

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見返すか見守られるか(1)

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 雪哉は都会から少し外れた町に生まれた。周りにはあまり何もなく、ぽつんと建った古いアパートに母とヒモ男、そして雪哉が住んでいた。一見のどかで平和な感じのするあの故郷は、どこか無機質で閉鎖的なイメージがある。

 中学卒業と同時に都会に出た。出てくる前はそこそこの理解であったが、そこで自分はかなり人の目を引くことをしっかり自覚する。それと運もあって、すぐ最初の飼い主に拾われた。この顔に生んでくれたことを初めて母に感謝したのはそのとき。

 それが雪哉のヒモ人生の始まりである。

 セックスは雪哉にとって、歯を磨く、風呂に入る、と羅列できる程度であった。欲求不満を解消しつつ、適当に飼い主の機嫌も取る。

 仕事しない。家事しない。何もしない。ただいるだけ。それがヒモとしての雪哉であったはずだ。

 しかし、それがどうだろう。

「……わけわかんねえ」

 平日の真昼間。いくつかのボトルを前に、雪哉は眉間を寄せていた。

 たしか、奏斗が洗濯をしていたとき、これのどれかを使っていたというは覚えている。こんなの一個でいいだろ、一個で、と雪哉はさらに眉間の皺を深めた。

 ふと棚をもう一度見てみる。すると、ボトルと似たようなデザインの箱があった。

 上の方を掴んで持ち上げる。その瞬間、猛烈な違和感を感じたが、すでにもう遅く、

「うわっ!」

 中の粉が、ばあっとこちらの方に溢れてきた。

 おかげで、雪哉の服やら脱衣所の床やらが粉だらけになってしまい、一瞬でかなりの惨状である。よく見てみると、粉末タイプの洗剤だった。

 液体か粉かどっちかにしろよ!

 理不尽な怒りを心の中で叫ぶ。

 そう、雪哉はまさに今、人生で初めて洗濯つまり家事なるものをしようとしていた。

 しかし、今まであんなにもやらないと言っていたことを、なぜ急にやる気になったのか。


 きっかけは奏斗と一緒のベッドで寝たあの夜にある。

 あの日、奏斗は俺のを手でするだけして、その先はしてくれなかった。本気でただの処理。期待して抗議する雪哉を宥めるとそのまま寝てしまったのだ。

 やはり、あいつには最後までする気がない。雪哉にあそこまでしといて見事なスルーっぷり。一体何が不満だというのだ。不満なのはこっちだ。

 そこで、以前奏斗が「その体力を家事に回せよ」みたいなことを言っていたのを思い出した。

 今思えば、そもそも雪哉に家事をしてほしいという飼い主は今までにいなかった。家政婦を雇うか自らが喜んでやるか。でも、奏斗はなんだかんだ世話を焼いてくれるとはいえ、雪哉のために喜んでやっているという感じではない。まあ、今更ではある。

 「暇だから」ここに雪哉を置いているという奏斗。でも出ていく気にもならない雪哉。身体で落とせないのならもう別の方法をとるしかないというわけだ。それだけですでに前代未聞である。

 そして、悩み抜いた挙句ついに気の向いた雪哉が、やってほしいならやってやる、家事やってやるよ、となったのが昨日のこと。

 言うなれば、出血大サービスだ。雪哉がやることに価値があるのだと自分に言い聞かせて、今まで一度も手をつけていなかった領域に踏み込むことにしたのだ。

 間違いない、これはヒモの意地であって、他意はない。これは自分との戦いなのだ。

「はあ……」

 箒を見つけて洗面所に戻ると、改めてとんでもない有様にげんなりする。

 そうだ、せっかくやってやろうと思ったのに一発目から躓いたのだった。

 なんで俺がこんなこと……。早々にやめたくなる。

 しかし、ここで諦めることもできなかった。信念を曲げに曲げてまで、家事をしようとしているのだ。……徹底的にやって、奏斗を見返してやる。

 すっかり遊びに出歩かなくなって家でも暇だから、ただの暇つぶし程度にちゃちゃっと完璧にやってやるよ。

 俺だって、「暇だから」やってやるんだからな!

 そうして、雪哉の家事奮闘の時間が始まったのだった。
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