野うさぎは夜に寝床を見つけるか

黒崎サトウ

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肉食か草食か(3)

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「なんか食べたいものある?」

「肉、高くてうまいやつ」

「お前そればっかりかよ」

 最初はあまり会話をしなかったものの、前よりは確実に馴染んできたと思う。

 奏斗も雪哉のヒモっぷりにだいぶ慣れたらしい。

 リクエストを聞いた後、奏斗は買い物に一人で出かけようとしたが、雪哉もついていくことにした。

「珍しいな」

「休みのうちにいっぱい菓子とか買っとかねーと」

「買うの俺だけどな……」

 とたわいのない会話をしながら駐車場まで行き、車に乗り込むと、店まで向かって走り出す。

 暗めの駐車場から出て、青い空が広がる。すぐ大通りに出ると、車や建物が増え、雪哉は窓の方に頭を預け眺めた。

 あのおつかいの件以来、雪哉はおかしくなってしまった。

 前にも思った通り、雪哉への接し方が普通すぎる奏斗。雪哉でなくても同じ扱いをしているだろうという感じ。

 雪哉はそれが不満なのに、「じゃあいいわ」と奏斗の家から出ていこうなんて全く思わないのだ。不満があれば我慢しなくていいはずのこの雪哉が。

 きっと、こいつのつくる料理が美味くて、やりすぎないちょうどいい具合に面倒見が良いからだ。それがどうしようもなく楽で心地よい。

 とにかく、今まで関わってきた雪哉に完全に興味がないか、過剰なまでに興味を寄せ雪哉を見ていないような人間ばかりの中で、奏斗は違っているように見えた。

 雪哉は、奏斗は悔しいことに珍しく自分に興味がないタイプだとずっと思っていたが、実はあのおつかいの件でわかったことがある。

 あいつはどうやら、雪哉への興味が完全にないわけじゃないらしい。いうなれば、ヒモではなく、もはや普通のペットへの……いや、それとも少し違う。じゃあ、ニートの同居人……友達? ……おえ、もっとない。

 どちらにせよあまり嬉しくない。

 暇だから、と最初に言っていたように、やはり大した意味はないのだろう。軽すぎて腹が立つが。

 雪哉だって、良物件の飼い主でなければ本来こんなに頭を使うこともないはずなのだ。

 今さらまた彷徨うのは嫌だからな。ただそれだけだ。





 買い物から帰ってきた後、やっぱり奏斗は雪哉のリクエストどおりにご飯を作った。

 この自分好みの料理を食べるたびに、もう他のことなんてどうでもいいか……と思ってきてしまうので、こいつの料理は危険だ。危険だけど求めてしまう。毎回このサイクルだ。

「お前、自分が食べたいものとかないわけ?」

 夜ご飯を食べ終え、早めに風呂にも入ってしまうと、ちょうど一緒にソファに腰掛けながら過ごす時間があった。

 テレビのあるのはリビングだけだから仕方ない。奏斗はまた書類の確認とやらをしていた。

「え? ないな。だからいつもお前に聞いてんの」

 今まで適当に食べてたし、と続ける。

「ないってことはないだろ」

 はあ? という顔で雪哉がずいと近寄る。ヒモの立場から言わせてもらうと、人間、飯さえ食えれば生きていけるんだぞ。というかお前は飯を食うために仕事をしてるんじゃないのか? 生きがいだと思ってやっているようには思えないし。

 母もそうだった。ただ生きるため、ヒモ男を生かすためだけに働いていた。あとついでに雪哉のことも。

「本当にない。今まで一度もない」

「ええ……」

 今まで一度も、でちょっと引いた。それとも贅沢しすぎたせいで食べたいものを全て制覇したとか? それでもまた食べたいものが出てくるのが普通だろう。

 そこまで食に関心がなかったとは。料理できるのに。

「でもあの和菓子は好きなんだろ」

「まあな」

 それだけ言うと、また書類確認に集中し始めてしまった。もとより、こちらをチラッとも見なかったが。




 しばらくすると、奏斗が書類を片付けて立ち上がった。

「寝るのか?」

「ああ」

 歯磨きをしにいくのか洗面台に向かっていったので、雪哉もそうしようと後についていった。

「お前も寝んの?」

「ん」

 鏡越しに目があって、奏斗は洗面台から退くと歯を磨きながら携帯を見始めた。

 週末が終わり、明日からはまた一週間仕事らしい。今日も然り、何も起こらず毎回終わっていく休日にも慣れた。

 歯磨きも終わって、置いてきた携帯を取りに行こうとリビングに戻る。

 奏斗はなぜかリビングにまだいて、ぱっと目が合う。

 すると突然、

「今日一緒に寝る?」

 と言われた。

「はっ?」

 本気で意味がわからなくて、アホみたいな反応になる。

 ……今の、聞き間違いか?

「おい、返事は」

「お前、正気か?」

「何がだよ」

 奏斗がいきなりそんなことを言ってきたことにも驚いたし、どういうつもりなのかもわからないけど、俺は前に夜這いして拒否られたんだぞ。忘れたのか。あ、思い出すとまた腹が立ってきた。

「……お前今日、ずっと俺に着いてくるし。寂しいアピールかと思ったんだけど」

「な、に言って」

 淡々とくり出されたのは心外すぎる言葉。

 俺が今日、ずっとお前に着いて行っただと? ……たしかに、今日は珍しく買い物についていって、食べた後も奏斗が座っていたソファでくつろいで、今も奏斗が歯磨きをしにいった後に続いた、けど。

 別に寂しいアピールじゃねえし……。

 しかし、

「一緒に寝てやってもいい」

 と答えた自分は、相当飢えている。

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