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肉食か草食か(2)
しおりを挟むやっとの思いで家に帰ることができた。ここがこんなに恋しくなるとは思わなかった。
「あー……散々だった」
ソファにぼふんと背中からダイブすると、そういえばずっとあの和菓子屋の紙袋を持っていたことを思い出す。
ふと改めてそれを見たが、思わず体を起こし絶望した。
「おい、まず風呂入れ……って、どうした?」
これを買うためにあんなところまで行ったのに。迷子にもなって。
「……おい、本当にどうした?」
急に黙った雪哉のところまで近づいて覗き込んでくる。
「……これ」
握りしめたりしたせいで、きれいだった紙袋はぼろぼろになっていた。明らかに人さまに贈れるような状態ではない。奏斗に、頼まれていたものだったのに。
「あー、紙袋ぐちゃぐちゃになっちゃったんだな」
「悪い……」
俺は何もしない。ただいるだけ。
だからこんなことができなかったからって、落ち込む必要なんかないはずなのに。
「いやいいよ。中身が食べられるなら別にいいだろ?」
は? こんな状態でお偉い方に渡すつもりなのか? 中の箱も、たぶん角とか潰れているし。知らないけど、クビになんぞ。
風呂沸かしてくるわ、と行ってしまおうとする奏斗を慌てて引き止める。
「おい、やめとけよ。こんなの渡したら怒られるぞ。なんなら俺がもう一回行って……」
「はあ? ……あ、お前、何か勘違いしてない?」
すぐ気づいたように奏斗が言った。意味がわからないと眉を顰めると、「それ、お前のだから」と言われる。
「…………はあ?」
「そこの和菓子すげえ美味しいんだよ」
なんでもないように、真顔で言ってくる。本当に美味しいと思ってんのか?
いや、それより……
「じゃあ、なんか偉い人に渡す菓子じゃ……」
そう言うと、奏斗は呆れたようにため息を着いた。
「偉い人って。だとしても、俺の仕事をやらせるわけないだろ」
「じゃあ、これは俺の……」
「さっきそう言っただろーが。おつかいした後はご褒美だろ、普通」
知らねーよそんな普通、つーかご褒美買いに行かせたのかよ、なんて思いながら雪哉はもう一度ぎゅっと紙袋を握りしめた。でもなんだ、そうだったんだ……。
「なに、お前これ俺が仕事で渡す用だと思って、ぼろぼろにしたから落ち込んでたのか? まじか、お前」
奏斗が面白くてたまらないといった様子で笑った。がんばったのに、なんてガキみたいなことは言わないが笑われると当然腹が立つ。と同時に、レアな笑顔を見せられると、なぜか心臓がぎくりとしてしまうからやめてほしい。
「うるせえ、バカにしてんのか」
「違う違う、お前にも可愛げあったんだなって、それだけ。あー面白い」
「なっ……」
まあとにかく風呂だと笑いを抑えきれていない奏斗は言うと、今度こそ風呂場に向かっていった。
雪哉というと、ばくんばくんと鳴る心臓とか、かあっと赤くした顔面を静めることに必死だった。
可愛げがあると言われただけで、なんでこんなに落ち着かないんだ。今までに何度も言われてきたようなことなのに。
もしかして俺、普段そういうことを言わないあいつが言ったから、喜んでいるのか? この俺が? たったそれだけで?
ぎゅう、と唇を噛み締める。
たしかに、飼い主に興味を持ってもらえないなんて俺のヒモ道に反するなんて思っていたけど、そこに自分の感情は関係なかったはずだ。
奏斗が用意した風呂で十分にあったまり、髪を乾かしてリビングに戻ると、テーブルに料理が並んでいた。
「あ、出た? 食べるから早く座れ」
「ん」
めちゃくちゃ歩いたせいでお腹が空いている。そういえば、こいつ夕飯と引き換えにおつかいに行かせたんだったな。と思い出したけど、もう腹は立てなかった。そんな気力も残ってない。
「いただきます」
と手を合わせた奏斗に、雪哉もいただきますと続く。
雪哉の大好物の柔らかい肉がたくさんあって、漫画であれば涎をじゅるりとしているところだ。食べ進めていくと、腹が満たされていくのがわかる。
食べるときは二人とも全く話さない。
そんな中、目が合わないのをいいことに、奏斗の様子を伺った。
本当こいつ、意味わかんないよな……。基本雪哉に興味ないのはもうわかっているとしても存在を無視するわけではないし、普通に話すし、割としっかり世話焼いてくるし、助けに来るし。
そう、普通なのだ。雪哉を特別に扱うことがない。きっと、雪哉でなくともそうしているだろうという普通。
つまりそれは、雪哉に今までの飼い主のような暑苦しいほどの関心を持っていないということだ。雪哉は奏斗のそれがずっと気に入らなかった。
何を考えているのかわからない。やっぱり不思議な男だ。
「食欲ないのか?」
「や、違う、ある」
考えているうちに、手が止まっていた。慌てて否定する。
「余裕あるなら、あの和菓子も後で食べれば?」
「……」
「雪哉?」
こっちも見ずに言った後、返事のない雪哉に奏斗が顔を上げた。
「……お前も」
ん? と奏斗が耳を傾ける。
「……お前も、食べろよ」
そっぽを向いて言うと、奏斗が「へえ」と謎の納得の反応を見せた。
「お前に人に分けるっていう考えがあったのか」
「ああん?」
反射でヤンキー顔負けのムカつき顔を返す。
しかし、
「いいよ。半分ずつに分けて食べよう」
とまた食事に意識を戻しつつ穏やかに言ったので、今度はむず痒い気持ちになった。
こうして飼い主に自ら餌を分けようとするのは、ヒモ道に反するのかしないのか。前例がないから、わからなかった。
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