野うさぎは夜に寝床を見つけるか

黒崎サトウ

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大当たりか大外れか(6)

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 夜、扉の開く音がして、奏斗が帰ってきたのだとわかる。

 雪哉はぱたぱたと玄関まで駆けつけると、「おかえり」と言ってやった。

「……まだいたの」

 はい、予想通り。

 靴を脱いで家の中に入っていく奏斗うしろをついていく。彼はお疲れのようだった。

 鞄をいつもの場所に置いて、コートを脱ぐ。雪哉は奏斗が落ち着くまで待つ。

「……なに?」

 さすがに雪哉の視線が気になったのか、振り返って聞いてきた。

「あー、うん。今ちょっと話いいか?」

 奏斗がソファに座ると、雪哉もその隣に腰掛けて、体を向ける。

 そして雪哉の言葉を待つ奏斗に、

「俺のこと飼わない?」

 と普通に言った。工夫も何もない。

「は?」

 奏斗はすぐ眉間に皺を寄せ、どういう意味だと当然の反応を見せた。まあ、そりゃそうか。

 しかし、雪哉はいくら次の飼い主に困っているからと言って、この男を試さないわけにはいかなかった。ヒモだからといって下に回る気はない。

「まあ、そのままの意味だよ。猫みたいに俺を飼うってこと。それよりも金は断然かかるだろうけどな。俺は働かないし、家事もしない。どうだ?」

 じっと奏斗の目を見据える。

 さあ、嫌がるか、悩むか、笑うか。

 しかし、奏斗は変わらない表情で、

「まあ、いいけど」

 とあっさり承諾した。

「え、いいのか」

「は? お前が頼んできたんだろ」

「頼んで……っつーか」

 あくまでも上から言ったはずなのに、頼み事として処理されてしまったとは気に食わない。

「まあ、なんとなくそんな感じしてたしな。ニート? ヒモ?」

「ヒモ」

「何が違うんだよ」

 さあ、知るか。

「それにしても……お前、あの頼み方で通ると思ったのか?」

 そして突然、堪えきれないといったように笑った。

 あ、こいつ笑うんだ……。

「そういうの、普通もっと詐欺みたいな感じでジワジワやるのかと思ってた。お前はっきりしすぎだろ」

 面白そうに話す奏斗。

 他の人は知らないが、雪哉は自分で口説いて転がり込むのではなく、もっぱら向こうから誘われるスタイルだった。だから、今回は仕方なくこうしているだけだ。

 しかし、あんなに愛想が悪かったのに、いっそ上機嫌で、不思議な男だ。

「……本当にいいんだな」

 途端に居心地が悪くなって、少し弱気に最後の確認をする。それに、あまりにあっさりすぎて拍子抜けだ。

「好きにすれば。どうせ暇だから」

「あっそう」

 ふん、暇だから飼うってか。まあ今はそれでいい。

 だけど、飼い主になったからには自分に興味を持ってもらう必要がある。そして、どうしようもなくなったそれを、せいぜい利用してやる。









 ──お前、本当に何もしないな

 ──なに、悪い?

 ──まあ、知らねえけど

 ──……あ、そういえば、昼飯置いてよ。昨日腹減りすぎて死ぬかと思っただろ

 ──つくれよ自分で

 ──いやだ

 即答すると、奏斗はため息をついた。

 ──……仕方ねーな
 
 という会話が奏斗の家のヒモになって、一週間のとき。

 住み着いてしばらく経ったが、奏斗についていくつかのことがわかった。

 奏斗は営業職で、毎日朝早く家を出ては遅めに帰ってきて、夜ご飯を食べるときは食べ、食べないときは食べない。そして、風呂に入って寝る。ただそれだけを繰り返している。

 大抵の人間はそうかもしれないが、あまりにもそれだけ感がすごかったので、こいつ人生楽しいのか? と思ってしまうほどだった。

 全く笑わないし、たまに思い詰めた顔をしているときもある。イケメンな上に若くして稼いでいる勝ち組なのだから、もうちょっとはしゃいでもいいと思うのだが。まあ、ヒモにはわからない苦労があるのだろう。

 それから、あいつはしばらくしても、雪哉に何があって家がないのかということを一切聞かないし、なんなら基本的な情報すら聞かない。でも、それがなんだか助かる気もしていた。

 さらには、あいつは雪哉に何もしない。性的な意味で、本当に、なにも。まだ決定打には欠けているが、絶対男もいけるタイプだと思うのに、雪哉が目の前にいるにも関わらず何もしない。雪哉に反応しないなら、お前それはもう不能だぞと言いたくなった。

 ソファから腰を上げると、冷蔵庫を漁って今日の昼飯を取り出す。

 なんと、あいつ料理ができるのだ。昼食を用意しろとは言ったが、まさか手料理とは思わなかった。意外と優しいし寛容だ。

 さすがに夜帰ってくるのが遅いときはデリバリーをするのだが。好きなのを買うし、払うのはあいつなので不満はない。

 レンジでチンなんていやだと最初はごねたが、一回口にしてみると、悔しいが美味しくて今では黙って食べている。

 とにかく、雪哉はそれなりに心地よいまま日々を過ごしていた。

 会話こそあまりないが、部屋ももらったし、ベッドも頼んだら買ってくれた。お金も必要な分だけくれるし、あとやっぱり結構優しい。というか、甘い。めんどうくさそうだったり、いやそうだったりしても、結局やってくれる。

 ただ、雪哉は些か気になっていることがあった。セックスなしで置いてもらえるならそれがいい、なんて思っていたが少し違うようなのだ。

 あいつは、暇だから雪哉をおいているだけだ。なら、見返りもなくただ雪哉の世話をするのが本気で面倒になったら? 今のこの状態ではすぐに捨てることができてしまう。

 そんな中、優雅に生活なんてできるわけがない。

 ……となれば、やはり飼い主に手放せないと思わせるには、身体を使うのが一番効果的だと思うのだ。
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