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大当たりか大外れか(5)
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男が住んでいるマンションは歩いてすぐのところにあった。
そして、自分の目に狂いはなかった。なかなかいい新築マンションだったのだ。そりゃあ社長である白鳥ほどではないが、若いにしては相当稼いでいるのだろう。
エントランスで慣れた動作で暗証番号を入力する。自動ドアが音も立てずに開いた。
「仕事何やってんの?」
「金融関係」
「へえ」
────将来有望か。
雪哉は後ろについていきながら、こっそり口角をあげた。
エレベーターに乗ってひゅうっと上まで一気にのぼる。そして五階で止まった。さすがに最上階というわけにはいかないか。
少し廊下を進んで508と表記のある扉の前で止まる。鍵を差し込みがちゃりと重厚な音を立てて開いたら、「はい」と促された。
「おじゃましまーす」
遠慮せずに中に入ると、ぱーっと中を見て回った。広いし、綺麗だ。一人暮らしだろうから当然ベッドは一つしかなかったが、部屋には余裕がある。たしかに白鳥にはマンションの一室まるまる与えられ基本一人で過ごしていたが、そうでない人たちの方が断然多い。大抵は雪哉に家の一部屋のみを与え、一緒に暮らした。元々、誰かと暮らすのは苦ではない。
雪哉はすっかり住み着くつもりだった。今からまた飼い主を探すのはめんどうだ。そもそも今まで誘われて転々とするばかりだったから、自分から探したことがない。
リビングに戻ると、男はソファに座り書類やらなんやらを広げていた。自分もその隣に腰かける。
「仕事まだあんの?」
「いや、確認してただけ」
「ふーん。ていうか、名前聞くの忘れてた。教えろよ」
命令形かよ、という顔で見てくる。
「九条奏斗お前は?」
「雪哉。ちなみに26」
「じゃあ同じだな」
奏斗はそう答えると書類を片付けた。同じ歳だろうという予想は当たったようだ。
奏斗が腰を上げキッチンの方に向かっていく。
「今からご飯?」
「いや、さっき食べてきた。水飲むけどいるか?」
冷蔵庫を開けてペットボトルを取り出すと、振り向いて聞いてくる。
……そういえば、喉乾いたかも。
「もらう」
「取りに来い」
優しいのかそうじゃないのかわからない。
コップを手渡されると、そこで初めて明るいところで目が合う。こう見ると本当に顔が整っている。さぞかしモテることだろう。
奏斗はコップの水を飲み干すと、じっと雪哉を見てきた。
「ん? なんだよ」
「頬腫れてんな」
「……あ」
公園で話しかけられてから忘れていた。
「えっと、これは……」
さすがに話すのは憚られる。言い淀んでいると、会話の途中なのに奏斗がリビングの棚まで行ってなにかゴソゴソし始めた。
「なにしてんだよ?」
「いいから、そこ座ってろ」
こちらも見ずに言われる。
なぜか素直にソファに座って待つ雪哉。奏斗はしばらくしてこちらに向かってきた。
それから、奏斗がどうしたか?
「終わり」
何も聞かれず、しっかり腫れた頬の手当をされてしまったのだ。なんだそれ、こういうことするやつなのか。
……てっきりスルーされるのかと思ったのに。
知らないやつを入れた上に手当もするなんてこいつも不用心だな。しかし、初対面でこんな感じということは、意外と順応性が高いのかもしれない。
奏斗は手当の用品をしまうと、「俺もう風呂入って寝るから、あとは好きにして」と言った。
「え」
寝るのかよ。
さすがに気付いていたけど、本当にただ泊めるだけのつもりのようだ。セックスは嫌いじゃないからしてもよかったのに。
もしかして予想が外れて、本当にノンケなのか? こいつは判断しにくい。
まあ、今までノンケだとか言っていた男も、結局は雪哉をどうこうしたくなるパターンが多い。
それに、セックスなしでも置いてくれるなら全然いいんだけど。
雪哉は恋愛をしたいわけじゃない。そりゃどうせセックスするなら見た目がいい方がいいに決まっているが、したいときは外でそういう相手を見つければいい。自由度は高ければ高い方がいいだろう。
とはいえ、雪哉を飼いたがる人間でそんなタイプはなかなかいなかったのだが。
……まあ、なんにしろ、まだここに置いてもらうことを交渉していない。とりあえずは今日だけという約束だ。
宣言通り、奏斗は風呂場へ消えていった。雪哉は一度コップをシンクに置くと、再びソファに座りこむ。
……これは、少し工夫が必要かもな。
────なんて思っていたのに、そのまま朝になってしまった。
ずっと外にいることがあまりないせいか、昨日思ったより体力を消費していたらしい。気付いたらソファで寝ていた。
夜のうちに何か仕掛けないと、と思っていたのに俺のバカ! これで良物件チャンスが失われたらどうする。
それに、ふかふかあったかいベッドじゃなくてソファで寝てしまったとは。気付いたならベッドに連れてけよといつもの感じで思ったけど、まだ飼い主じゃなかったし、かかっていた布団のおかげで寒くなかったのも確かだ。
奏斗は仕事に行ってしまったようだった。帰ってきて「まだいたのか」とか思われそうだけど、もはや手段はそれしか残されてない。普通にド直球で言う。
とりあえず風呂に入ろう。それから腹も減った。
脱衣所に行き、ふと鏡を見てみると、
「あ、引いてる……」
まだ完全には治っていないが、確実に頬の腫れが引いていた。
これなら、風呂でも染みずに済みそうだった。
そして、自分の目に狂いはなかった。なかなかいい新築マンションだったのだ。そりゃあ社長である白鳥ほどではないが、若いにしては相当稼いでいるのだろう。
エントランスで慣れた動作で暗証番号を入力する。自動ドアが音も立てずに開いた。
「仕事何やってんの?」
「金融関係」
「へえ」
────将来有望か。
雪哉は後ろについていきながら、こっそり口角をあげた。
エレベーターに乗ってひゅうっと上まで一気にのぼる。そして五階で止まった。さすがに最上階というわけにはいかないか。
少し廊下を進んで508と表記のある扉の前で止まる。鍵を差し込みがちゃりと重厚な音を立てて開いたら、「はい」と促された。
「おじゃましまーす」
遠慮せずに中に入ると、ぱーっと中を見て回った。広いし、綺麗だ。一人暮らしだろうから当然ベッドは一つしかなかったが、部屋には余裕がある。たしかに白鳥にはマンションの一室まるまる与えられ基本一人で過ごしていたが、そうでない人たちの方が断然多い。大抵は雪哉に家の一部屋のみを与え、一緒に暮らした。元々、誰かと暮らすのは苦ではない。
雪哉はすっかり住み着くつもりだった。今からまた飼い主を探すのはめんどうだ。そもそも今まで誘われて転々とするばかりだったから、自分から探したことがない。
リビングに戻ると、男はソファに座り書類やらなんやらを広げていた。自分もその隣に腰かける。
「仕事まだあんの?」
「いや、確認してただけ」
「ふーん。ていうか、名前聞くの忘れてた。教えろよ」
命令形かよ、という顔で見てくる。
「九条奏斗お前は?」
「雪哉。ちなみに26」
「じゃあ同じだな」
奏斗はそう答えると書類を片付けた。同じ歳だろうという予想は当たったようだ。
奏斗が腰を上げキッチンの方に向かっていく。
「今からご飯?」
「いや、さっき食べてきた。水飲むけどいるか?」
冷蔵庫を開けてペットボトルを取り出すと、振り向いて聞いてくる。
……そういえば、喉乾いたかも。
「もらう」
「取りに来い」
優しいのかそうじゃないのかわからない。
コップを手渡されると、そこで初めて明るいところで目が合う。こう見ると本当に顔が整っている。さぞかしモテることだろう。
奏斗はコップの水を飲み干すと、じっと雪哉を見てきた。
「ん? なんだよ」
「頬腫れてんな」
「……あ」
公園で話しかけられてから忘れていた。
「えっと、これは……」
さすがに話すのは憚られる。言い淀んでいると、会話の途中なのに奏斗がリビングの棚まで行ってなにかゴソゴソし始めた。
「なにしてんだよ?」
「いいから、そこ座ってろ」
こちらも見ずに言われる。
なぜか素直にソファに座って待つ雪哉。奏斗はしばらくしてこちらに向かってきた。
それから、奏斗がどうしたか?
「終わり」
何も聞かれず、しっかり腫れた頬の手当をされてしまったのだ。なんだそれ、こういうことするやつなのか。
……てっきりスルーされるのかと思ったのに。
知らないやつを入れた上に手当もするなんてこいつも不用心だな。しかし、初対面でこんな感じということは、意外と順応性が高いのかもしれない。
奏斗は手当の用品をしまうと、「俺もう風呂入って寝るから、あとは好きにして」と言った。
「え」
寝るのかよ。
さすがに気付いていたけど、本当にただ泊めるだけのつもりのようだ。セックスは嫌いじゃないからしてもよかったのに。
もしかして予想が外れて、本当にノンケなのか? こいつは判断しにくい。
まあ、今までノンケだとか言っていた男も、結局は雪哉をどうこうしたくなるパターンが多い。
それに、セックスなしでも置いてくれるなら全然いいんだけど。
雪哉は恋愛をしたいわけじゃない。そりゃどうせセックスするなら見た目がいい方がいいに決まっているが、したいときは外でそういう相手を見つければいい。自由度は高ければ高い方がいいだろう。
とはいえ、雪哉を飼いたがる人間でそんなタイプはなかなかいなかったのだが。
……まあ、なんにしろ、まだここに置いてもらうことを交渉していない。とりあえずは今日だけという約束だ。
宣言通り、奏斗は風呂場へ消えていった。雪哉は一度コップをシンクに置くと、再びソファに座りこむ。
……これは、少し工夫が必要かもな。
────なんて思っていたのに、そのまま朝になってしまった。
ずっと外にいることがあまりないせいか、昨日思ったより体力を消費していたらしい。気付いたらソファで寝ていた。
夜のうちに何か仕掛けないと、と思っていたのに俺のバカ! これで良物件チャンスが失われたらどうする。
それに、ふかふかあったかいベッドじゃなくてソファで寝てしまったとは。気付いたならベッドに連れてけよといつもの感じで思ったけど、まだ飼い主じゃなかったし、かかっていた布団のおかげで寒くなかったのも確かだ。
奏斗は仕事に行ってしまったようだった。帰ってきて「まだいたのか」とか思われそうだけど、もはや手段はそれしか残されてない。普通にド直球で言う。
とりあえず風呂に入ろう。それから腹も減った。
脱衣所に行き、ふと鏡を見てみると、
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