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大当たりか大外れか(1)
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小学生の頃、書道の授業で「将来の夢を書きましょう」というのがあった。
同じクラスの生徒はサッカー選手だったり、警察官だったり、芸能人だったり。看護師、とその頃はまだ習っていない難しい漢字を書いた女子生徒は、周りにすごいすごいと言われていた。
雪哉はというと、迷わず「ヒモ」とでかでか書いた。
担任の先生が一人一人を見て回って、いい夢ね、先生応援するわ、とにこにこコメントを落としていく。しかし、雪哉のところまで回ってきたところで、え、とフリーズした。
雪哉は子供にしては落ち着いており、手のかからない至って真面目な子だった。だから、余計驚いたのだろう。
「佐藤くん……ヒモって?」
大人なのに知らないのか? まだ幼く世間知らずの雪哉は、純粋にそう捉える。
今思えば、雪哉が予想外なことを書いたせいで思わずそう聞いてしまった、という感じだ。
「仕事をしなくても、家事をしなくても、何もしなくても生きていい人のことです」
最高の職業だろう、と言わんばかりに雪哉は説明した。なのに、先生は引き攣った笑顔で、わかったわ、と答えるだけだった。
その日、責任感の強かったその先生は雪哉の母に連絡をした。
あなたの息子さんがあんなことを言っていた、あれは本気だったと。雪哉はふざけるタイプではなかったし、うちが片親なことを知っていた先生は察したのだろう。不運なことに、ただの子供の戯言ということにはならなかった。
先生は一度話し合いを、と母に何度か言ったらしいが、仕事だったのでそんな日はいつまで経っても来なかった。まあ、仕事がなくとも、そもそもあの人は自分に興味がない。
その後、ちょっとした噂になり、雪哉はクラスメイトだけではなく、他のクラスの生徒からも「ヒモ哉」と呼ばれるようになった。
まだ子供ゆえのちょっとしたいじりだとわかっている。男友達は元々いないし、女子に好かれるのも男子から疎まれるので、全人間を遠ざけるにはいい機会だと思った。
ただいまも言わずに家に入ると、いつも通り母はキャバクラの仕事でいない。
いるのは、ただ一人の男だけだ。
「ただいま」
返事など全くもって期待してないが、生存を確認してからそれを言うのが雪哉の日課だった。
だって、この人帰ったら死んでそうだし。
部屋でただぼうっとしているその男をしばらく見てみるが、目が合う気配はない。雪哉は部屋の扉を閉めた。
うちにはヒモ男がいる。
物心ついた頃から母が飼っている男。
でも、あの淡々とした母と今の生活からは二人がどう出会って、なぜ今家に置いているのかわからない。なんとなく聞くのも憚られた。
そもそも、雪哉は途中まで実の父親だと思っていたくらいだ。
でも、よく考えれば主夫でもありやしない。このヒモ男は家事も何もしないのだから。それがヒモか。
では父親は誰なのか? そんなの、今更聞く気にもなれなかった。
ただ、母が興味あるのは多分このヒモ男だけで、ヒモ男は母に餌を与えられてただ生きている。それがうちであり、雪哉の普通であった。
ヒモは、何もしなくても生きていける。
いるだけでいい、それだけで価値がある。
そんなの、羨ましすぎるだろ?
同じクラスの生徒はサッカー選手だったり、警察官だったり、芸能人だったり。看護師、とその頃はまだ習っていない難しい漢字を書いた女子生徒は、周りにすごいすごいと言われていた。
雪哉はというと、迷わず「ヒモ」とでかでか書いた。
担任の先生が一人一人を見て回って、いい夢ね、先生応援するわ、とにこにこコメントを落としていく。しかし、雪哉のところまで回ってきたところで、え、とフリーズした。
雪哉は子供にしては落ち着いており、手のかからない至って真面目な子だった。だから、余計驚いたのだろう。
「佐藤くん……ヒモって?」
大人なのに知らないのか? まだ幼く世間知らずの雪哉は、純粋にそう捉える。
今思えば、雪哉が予想外なことを書いたせいで思わずそう聞いてしまった、という感じだ。
「仕事をしなくても、家事をしなくても、何もしなくても生きていい人のことです」
最高の職業だろう、と言わんばかりに雪哉は説明した。なのに、先生は引き攣った笑顔で、わかったわ、と答えるだけだった。
その日、責任感の強かったその先生は雪哉の母に連絡をした。
あなたの息子さんがあんなことを言っていた、あれは本気だったと。雪哉はふざけるタイプではなかったし、うちが片親なことを知っていた先生は察したのだろう。不運なことに、ただの子供の戯言ということにはならなかった。
先生は一度話し合いを、と母に何度か言ったらしいが、仕事だったのでそんな日はいつまで経っても来なかった。まあ、仕事がなくとも、そもそもあの人は自分に興味がない。
その後、ちょっとした噂になり、雪哉はクラスメイトだけではなく、他のクラスの生徒からも「ヒモ哉」と呼ばれるようになった。
まだ子供ゆえのちょっとしたいじりだとわかっている。男友達は元々いないし、女子に好かれるのも男子から疎まれるので、全人間を遠ざけるにはいい機会だと思った。
ただいまも言わずに家に入ると、いつも通り母はキャバクラの仕事でいない。
いるのは、ただ一人の男だけだ。
「ただいま」
返事など全くもって期待してないが、生存を確認してからそれを言うのが雪哉の日課だった。
だって、この人帰ったら死んでそうだし。
部屋でただぼうっとしているその男をしばらく見てみるが、目が合う気配はない。雪哉は部屋の扉を閉めた。
うちにはヒモ男がいる。
物心ついた頃から母が飼っている男。
でも、あの淡々とした母と今の生活からは二人がどう出会って、なぜ今家に置いているのかわからない。なんとなく聞くのも憚られた。
そもそも、雪哉は途中まで実の父親だと思っていたくらいだ。
でも、よく考えれば主夫でもありやしない。このヒモ男は家事も何もしないのだから。それがヒモか。
では父親は誰なのか? そんなの、今更聞く気にもなれなかった。
ただ、母が興味あるのは多分このヒモ男だけで、ヒモ男は母に餌を与えられてただ生きている。それがうちであり、雪哉の普通であった。
ヒモは、何もしなくても生きていける。
いるだけでいい、それだけで価値がある。
そんなの、羨ましすぎるだろ?
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