リスタート 〜嫌いな隣人に構われています〜

黒崎サトウ

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タイミングってやつ(11)

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 拓也が帰ると、用意された夕食を見るなり顔を輝かせた。

「まじうまそう……。え、うちにこんな材料あった?」

「スーパー行ってきたに決まってるだろ」

 笑いながら答えると、拓也がええっと驚いた。なら金を払う、と言い出しそうだったので、千秋は先回りして言う。

「世話になったから、これくらいさせてくれ」

「……おう、ありがとな」

 拓也が着替えに行っている間、千秋は先に席について、静かに深呼吸した。

 大丈夫だ、言える。不安はあれど、千秋に迷いはない。

「じゃあ、食べよう」

 戻ってきた拓也も座って、二人で料理に手をつけ始める。拓也が「うめえ」と満面の笑みを浮かべたので、千秋も純粋に嬉しくなった。

 ……よし。

「拓也、言いたいことがある」

 千秋は早速切り出すことにして、真剣な表情で拓也をまっすぐ見た。

 千秋の様子に何かを察したらしく、拓也は同じく千秋の方に顔を向け、聞く態勢を作った。

「うん、どうした?」

 その様子に、いよいよ拓也に秘密にしていたことを告白するのだな、と現実味を感じる。それは、絶対言えない、と今まで思っていたからだ。

 千秋は膝の上でぎゅうと拳を握った。

「拓也疲れてるだろうし、ご飯の時にどうかと思うけど……でも、どうしても早く言いたくて」

「全然、大丈夫。言ってみ」

「……うん」

 前置きはここまでだ。

 そして、千秋もこれ以上ためることなく、

「──実は、俺、柳瀬さんと付き合ってるんだ」

 と少し緊張が含んだ声で、でもしっかり言い切った。

 ……言った。言えてしまった。

 自分が告げたのにも関わらず、なんだか他人事のような気がした。しかし、突如としてやってくる、言えたことに関しての凄まじい安心感、達成感。

 それほど、千秋にとって大ごとだったということだ。

 でも拓也の顔を見続けることはできなくて、聞いたあと、どんな顔をしているのかわからない。

「……千秋、まじか」

 耳に届いた拓也の第一声がどういう意味なのかわからなくて、ひやりとする。

 おそるおそる顔を上げると、焦ったような、驚いたような、そんな表情をしていた。千秋が想像していた反応からは全て外れていた。

「嘘だろ、そしたら俺めちゃくちゃ悪いことしたじゃん」

「……ん?」

「だって俺、お前とあの先輩を引き離しただろ、悪役じゃねえか!」

 まずそこ?と思わざるを得なかった。それに、それは千秋が言わなかったのが悪いのだ。

 兎にも角にも、拓也の反応に拍子抜けしてしまう。

「はあー、たしかに女っ気ないなとは思ってたけど。これで納得したわ」

 完全に納得してスッキリ、という態度で拓也はうんうんと頷いた。やっとそこか、と今度は思う。予想していた話の順番が完全にぐちゃぐちゃだ。

「……そうとは知らずにごめんな。先走って、引っ張ってきちまって」

 拓也が眉を下げてしょんぼりとした。

「いやっ、本当にそれは俺が悪い。……だから、説明、聞いてくれる?」

「おう、千秋がいいなら」

 意を決したような千秋を見て、拓也は優しく言った。

 拓也も柳瀬さんも、どうしてこう優しいんだろう。


 それから、千秋は中学の頃英司と付き合っていたこと、詳しくは省いたが勘違いで変な別れ方をしたこと、今は誤解も解け付き合っていること。そして、隣人トラブルと言ったのは勘違いしていた時期だということ。

 大まかではあるが、柳瀬さんとのことを全て話した。

「じゃあ、いじめられてるとか、何かひどいことされたわけじゃないんだな」

「ごめん、早く全部話せばよかったのに」

「いや、俺がお前だったらそう簡単に言えねえよ」

 共感するように拓也が答えた。

「だから、ありがとうな、話してくれて。俺のこと信用してくれたんだな」

 そして、照れたように笑顔を見せた。

 そんなの、こっちのセリフなのに。嬉しくて、ぶわっと思いが込み上げて、若干涙が滲んだ。

「ありがとう……拓也。よかった、言えて」

 思わず心の声が漏れた。

「悩んでたんだな。でも、俺も聞けてよかったよ。千秋のこと色々知れたし。マブダチ度上がったんじゃん?」

「ふっ、マブダチって古くないか?」

「うるせえ、いいんだよ」

 ワハハと拓也が機嫌良さげに笑い声を上げた。

 拓也は、これからも大事な友達でいてくれるらしい。それどころか、拓也の言っていたように『マブダチ度』が上がったような気がして、むず痒いけど嬉しくなった。

 こんなに簡単だったのか、とまでは思わないけれど、結果として何も心配することはなかったのだ。

 だから、拓也を、英司を、信じてよかった。

 千秋は心底そう思って、今一度、胸をほっと撫で下ろした。

 拓也と英司、中途半端だったのが、どちらにも向き合うことができたから。
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