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タイミングってやつ(8)
しおりを挟む拓也の家に着くと、とりあえずと風呂に押し込まれた。
どうしよう。呆れられた。嫌われたかもしれない。
拓也に引っ張られながら家に着くまで、千秋の頭の中はそれでいっぱいだった。
……あと一週間で、柳瀬さんの誕生日なのに。こんなことになるなんて。今回のことは、全て自分が招いたことだと当然としてわかっていた。わかっているからこそ、どうすればいいのかわからなかった。謝りたいのに、誤解を解きたいのに、それすら拒絶されるほど怒らせてしまったのだ。
しかし、シャワーを頭から浴びていると、だんだんと落ち着いてくる。
……ショックを受けてるだけじゃだめだ。ここで、終わらせたくないから。
上がったらすぐ電話しよう。それで、少しでも話をしたい。できなくても、話したいという意思だけでも見せなければ。
「拓也、風呂ありがとう」
すぐに風呂から上がると、拓也が風呂に入っている間に電話をかけてみる。
なかなか出ない。呼び出し音が鳴り続けるだけだ。しばらくして、留守番電話に切り替わってしまった。
その後、何度かけ直しても英司が出ることはなかった。
どうしよう。今まですぐ出てくれてたのに……。
「千秋、大丈夫か?」
いつの間にか風呂を上がったらしい拓也が、真っ青な千秋を心配して声をかけてきた。
「うん、大丈夫……。あ、でも今日いいのか?泊まって」
「俺が連れてきたんだからな。無理やりだけど」
「そんなこと」
「まあ、とりあえず今日は飯食って寝ろ。なんか食う?カップ麺くらいしかないけど」
「……うん、ありがとう」
拓也は優しい。だから、隣人に困っているという千秋を思って、ここまでしてくれた。
だから、本当のことを話さなければいけないのに。どうして最後の一歩が踏み切れない。こんなんだから、俺は今日みたいなことを引き起こすんだ。
結局、その日、拓也は英司のことに触れることは無かった。
そのかわり、少しでもリラックスさせようとしてくれたのか、色んな話をしてくれた。
拓也は優しくて面白い。一緒にいて心地いい。
俺を友達として、とても大事にしてくれる。
朝起きると、いつもと違う風景だった。
あ、そうだ、拓也の家に泊まったんだった。
隣に柳瀬さんがいなくて、寂しくなる。こんなに素直に寂しいと思ったのは、これが初めてだ。
「おお、起きた?」
「おはよう」
拓也はすでに起きていた。ソファで携帯をいじっている。
「んー、とりあえず朝飯どっか行く?」
英司のことが気にかかったが、今から急いでアパートに戻っても英司はすでにいないだろう。
折り返しの電話もメッセージもない。
ぎゅうと心臓が痛くなった。苦しい。もう誕生日は祝えないかもしれない。
「行こう」
「よし、じゃあ準備準備」
替えの服を持ってきてないというのは拓也もわかっていたからか、貸してくれた。
「おお、意外と似合うじゃん」
「そうか?」
服にはあまり興味ないけど、拓也が着る服はいつも今どきでおしゃれだ。少し新鮮な気分になった。
朝飯、とは言ったものの、結局夜まで遊び通してしまった。
家に戻ると、「いやあ、遊んだな」と拓也が上機嫌に風呂場に消えていく。
……柳瀬さんも、もう家に着く頃だろうか。
拓也と遊んでいるときは純粋に楽しめるが、ふとしたときに、どうしても英司のことを思い出してしまう。連絡はまだない。一日会ってないだけなのに、千秋の心細さはますばかりだ。
と、そのとき、ピコンとメッセージ音が鳴った。
もしかして英司かと慌てて確認してみると、送り主は恵理子だった。
『今日、弁当どうしたの?』と、シンプルにそれだけ。
なのに、ギクリとする。たしかに、いつも弁当を作っていたのは千秋である。でも日によって作らないこともある。
だから、こうしてわざわざ恵理子が聞いてきたのは、きっと二人の間で何かあったんじゃないかと気づいたからだろう。
『色々あって。柳瀬さん、ご飯ちゃんと食べてましたか?』
この手の誤魔化しが通用するとは思えないが、聞きたいことは聞いた。
すぐに『三食食べてたよ。ハンバーガーセット』と返って来る。
ハンバーガーセット、三食?どんな生活だそれ、と普段の千秋なら言うだろう。
結局、『すいません』と返すことしかできず、携帯を閉じた。
食べてないよりマシかもしれないが、ハンバーガー三食はまずいだろう。もしこれが続けば……。
恵理子から英司のことを聞いたことで、柳瀬さんのところに行きたい、その気持ちがさらに強くなる。
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