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それは単純で特別な(10)

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 とりあえず、昨日から考えていた英司に毎日しっかりご飯を食べさせるプランは上手くいった。

 まあ、実際しっかり実行されるかは観察が必要だが。

 ……うん、やっぱり俺やってること、お母さんっぽくないか?

 一応恋人になったはずだが、彼女がお母さん化してしまって、というのは確かにある話だ。……気をつけよう。

 しばし眉間を寄せて考えていると、英司がぐりぐりと眉間の皺を押してきた。

「ちょ、なんですか」

「いや、千秋が思ったよりすごい俺のこと考えてくれてたのが嬉しいなって」

「……あっそうですか」

「つれねえ」

 何が楽しいのか、英司は千秋の頭を撫でながらけたけた笑っている。

 よく考えたら、こうして部屋でまったりするのも、何日ぶりだろう。

 よいしょ、と床に投げ出された英司の膝の上に座らされると、向かい合う姿勢になる。

 腰をぐいと両手で引き寄せられて、顔が目の前まできた。

「めちゃくちゃキスしたい」

 こんな至近距離でそれを言う意味はなんだ。少し動いたらすぐにくっついてしまうというのに。うなじを抑えられている千秋は、これ以上後ろに引けない。

「いつも勝手にするじゃないですか」

「たしかに」

 ふっと笑いをこぼして短くそう言うと、英司は千秋の唇に噛みついた。

「んっ……」

 焦らされてるのかと思うほど、重ねるキスだけが繰り返される。ただ、何度も角度を変えて千秋の唇の感触を惜しみなく堪能しているようで、それがなんだか気持ちよかった。

 やがて、舌が遠慮なく入り込んでくると、ぴくりと体が反応する。

 毎回反応してしまうのが恥ずかしくて嫌なのだが、それに気づいた英司がうなじを指でスリ、と撫でた。

「ひっ……」

 擽ったいというかゾクゾクするというか、首元を触れられると声が出てしまう。

 不意打ちだとコントロールできないし正直やめてほしいのに、英司はこれが楽しいらしい。

 千秋の反応に気を良くした英司は、エスカレートしてそのまま大胆に撫で始めた。

「やっ、首やめてくださいっ」

「なんで?気持ちいいんでしょ?」

「気持ちいいんじゃなくて、ただぞわぞわって」

「なにそれ可愛い」

 必死に身を捩りながら英司の肩をぐいぐいと押して抵抗するが、逆に意地悪モードに入ってしまった英司はくすぐりを続ける。

 あんたの可愛いの基準がマジでわからない!

 またあの例の『ご飯の礼に言うことをひとつ聞く』のときみたいに、猫のように喉元をくすぐられでもしたら……。なぜか急にそのことを思い出して、喉がゴクリと鳴った。

 あれは、本当に未知の感覚で、記憶は曖昧なんだけど、わけがわからなくなって、こうものすごく……いやいや、あんなの脇くすぐられるのとそう変わらないはずだろ。

 とにかく、ここだけはだめだ。今度こそおかしくなってしまう気がする。

 でも、思い出してしまうと余計に意識がいってしまうというもので。うなじを撫でる英司のスラリとした指に、思わず熱っぽい息を漏らした。

「千秋、とろんてしてる。やっぱり、撫でられるの好きだろ?」

「ちが……」

 だんだん力が抜けてきて、英司に正面から寄りかかってしまわないように踏ん張るので精一杯だ。

 たしかに撫でられるのは嫌いじゃない。ただ、頭を撫でられるのが好きという分には普通でも、喉元となるとそれは……まあ好きじゃないんだけど!

 ……でも、もう一回だけ、ちょっとだけ、という気持ちが隅からひょこりと出てくる。あの時の感覚はなんだったのか、もう一度確かめたいのだ。

 でも、頼むのか?前みたいに喉を撫でてくれって?嘘だろ、そんなことできるわけがないし、するわけがない。

 千秋は言わずして撫でさせる方法を考える。今最高に馬鹿なことを真剣になっているな、と千秋は自覚していたが、この好奇心か欲望かが優ってしまっている。

 なかなか良い方法は思い浮かばず、考えている最中、無意識に何度も自分で喉元に触れてしまっていたらしい、英司がうなじを撫でる手を止め言う。

「ここ、前みたいにしてほしいんだ」

 心の中を読まれたかと思って、えっ、と素の声が漏れた。英司の目線は、さっきからずっと意識していた喉元に注がれている。

「なに、言ってるんですか」

「ずっと喉気にしてるよな」

「は、そんなことっ」

「前撫でたの、気に入っちゃった?」

 そう目を細めて意地悪く笑った英司が、不意に、するりと喉元を指の腹で撫でた。

「ひぁ……っ」

 さっきから望んでいた感覚が急に訪れて、あられもない声が出る。

 かあっと赤くなって、とっさに後ずさる。

「い、いきなりっ」

「あーやっぱり。相当好きなんだろ、ここ」

「あ……」

 くすぐる英司の腕を掴んで抵抗を試みようにも、一度撫でられただけで力が抜けてしまって全く意味をなさない。

 だめだ、これ、やっぱり気持ちいいかもしれない……。

「ぐぅ……」

 そうして撫でられているうちに、とろとろと全身が溶けていくような心地になり、ついに千秋はぽすんと英司の胸に体を預けた。「千秋、すっごい可愛い顔してる」

「う……」

 胸元に頬をくっつけながら放心する。英司はその千秋の頬をぷにぷに弄んだ。気まぐれに顔を寄せ軽いキスを落とし、甘い雰囲気が二人を包む。目が合うと、むず痒いような恥ずかしいような感じがした。

 そっか、柳瀬さんの恋人になったんだ、おれ。改めて思うと、じわじわと体が熱くなった。

 しばらくして、英司が千秋をベッドに引き上げると、力の入っていない千秋の服を脱がし始めた。もう、これからなにをするかはわかる。

 少し久しぶりだからか、二人ともいつもより急いているようだ。

「……千秋」

 上から見下ろして、男の顔をした英司が、優しいキスを顔中に降らせる。

 ……これ、されると、すごく幸せな気持ちになる。

「えいしくん……」

 普段は絶対にそんなことしないのに、千秋はふわふわとしたまま首に手を回して、ふにふにと唇に数回、幼稚なキスをお返しをした。

「……やば」

 手で口元を押さえた英司が、眉に力を入れて何かに耐えるような表情を見せる。

 そして、ふー……と興奮したように息を吐くと、ギラリとした瞳が千秋を捉えた。

 ああ、この目、この顔だ。「抱くぞ」と言っているような。

「千秋……好きだ、本当に好きだ。ぜってえ離さない」

「っ……」

 千秋の心臓がぎゅんとなった。

 ……こんなの、もう絶対元になんか戻れない。戻りたくない。言いこそしないが、心の中で強く思った。

 そのまま深いキスにもつれ込んで、隙間なく抱き合って、どろどろになるまで触れられて。その行為に、今までにないほど夢中になった。

 まだ外は明るい。でも、そんなこと今日はどうでもいい。

 たくさんの気持ちいい、心地のいい感覚に身を委ねて、ただひたすら英司だけを感じていた。

 途中で、噛み締めるように小さく言った「恋人になってくれてありがとう」という切実な言葉は、千秋をどうしようもなくさせた。その言葉、表情、声音、俺は一生忘れることはないだろう。
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