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それは単純で特別な(4)

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 どうしてかはわからないが、恵理子は自分の車でわざわざ千秋に伝えに来たらしかった。

 今日、英司が倒れた。病院に連れていったら、点滴を打ち、入院することになったと。

「あのっ、入院ってそんなにひどいんですか!?」

「そんなに焦らなくても大丈夫。軽い栄養失調だから」

「栄養失調って…それも入院するほどなんて」

「1日だけ、念のためね」

 急遽病院まで連れて行ってもらうことになった千秋は、後部座席から恵理子に尋ねた。運転しながら、前に座る恵理子が「あいつは無理をしすぎ」と呆れた顔をする。

「今日のはそこまで心配するほどではないけど。…君、柳瀬が病院長の息子ってことは知ってる?」

「はい」

 それから、恵理子は急いで病院に向かう間、千秋の知らない英司のことを話し始めた。

 英司が高校に入った途端、海外に行くことになったこと。それは知ってはいたが、親の転勤か何かだと思っていた。しかし、そうではなかったらしい。

「父親が難しい病気で、その手術のためについて行くことになったらしい」

「え……」

 千秋は元々、英司の家族について詳しく知らない。中学の頃も家に行ったことはなかった。たぶん理由は、遠かったとか、中学生だしそんなもんだったと思う。

「大学より前のあいつのことは知らないけど、元から医者になりたかったわけじゃないみたいだよ」

「そうなんですか?」

「父親の海外での手術は成功したけど、すぐ別の病気で亡くなってしまった。それがどうしても許せなかったらしくて、今もほぼ意地で医者を目指してる」

「許せない……?」

「さあ、頭おかしいやつの考えてることなんてわからない。でも元々医者になる気がなかったのが、今はその逆なのは、父親のことがあったからだろうね」

 柳瀬さんって、この変わっている人にも頭おかしいと思われているのか。

 ……しかし自分は、英司がそんなことがあったとは正直想像もつかなかった。

「まあ、好きでもないことを、好きでやってる人間よりも遥かに、あそこまで努力できるやつなんて、私からしたら頭おかしい以外の何者でもないよ」

「じゃあやっぱり、いつも忙しそうなのは……」

「授業や実習以外にも、ご飯を食べることを忘れるくらいずっと勉強してるから。ちなみに研究室に籠ることが多い」

 想像がつかない。千秋は、ご飯を二日以上抜いてしまったり、寝不足で部屋で急に倒れたり、それほどまでに何かに努力したことがない。

 したくても、一回できるかできないか……いや、一回でも相当厳しそうだ。

「でも、それで体調崩したら元も子もないのに」

「少なくとも、大学入学時よりも今の方が断然ひどくなってる。このままだとまずい。だから君のところにわざわざ行って、こうして他人様のことをベラベラと話してるわけ」

「……俺、聞いてよかったんですか?こんなこと」

 あまりに夢中で今さらだったが、そこが気になった。人づてにこういう他人話を聞くのは本来はばかられることだ。

「柳瀬に『どうして医者を目指してるのか』と聞いてしまったとき普通に教えてくれたから、君が知ること自体は大丈夫だけど。まあ、私が勝手に言ったとなるとどうなるかはわからない」

「ええっ、そんな俺どうすれば」

 それは恵理子だから言った、という可能性は大いにある。

「だから、柳瀬をなんとかして。もう、貴重な本たちを貸してもらうだけじゃ賄いきれないってね」

 英司は恵理子に面倒をかける代わりに本や資料を貸していると言っていたが、本当だったらしい。

 たしかに、今回だけでも心臓に悪いのに、これが続けばどうなってしまうか。

 自分がその狂気とも言える英司の一面を「なんとか」できるかはわからない。

 しかし、そんな英司をただ放っておくことも、やっぱりできるわけがなかった。

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