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つながりを求めた(5)
しおりを挟む「千秋ー……お前、大丈夫か?」
季節は夏、7月に入った。
カフェで課題をしていると、前に座る拓也が心配そうに覗き込んできた。
「え……何が?」
「いや、何がって聞かれるとアレなんだけど……なんか疲れてないか」
「最近、バイトも課題も忙しいからかも」
ついでに、試験の勉強もある。千秋はやるべきことはしっかりやるタイプだ。どれも手を抜くことはできない。
しかし、拓也が心配なのはそこじゃなかったらしい。
「まじで、なんかあったら言えよ。無理にとは言わねーけど」
「……ありがとう、拓也」
拓也の優しさが沁みる。
でも一度巻き込んでしまった拓也に、また隣人トラブルもどきとは言い難い。相談だけだったとしても、拓也を頼ることはできないのだ。
英司に色々ぶちまけてしまったあの日以来、千秋は家には帰りつつも、会わないよう本気で徹底していた。次会ったとして何を話せばいいのだ。というか、あんなに言った後で顔を合わせるなんて無理に決まってる。
英司は相変わらずの生活スタイルで、真夜中や早朝に訪れるようなことはしないから、会うことは必然となくなった。
隣にいるのに、変な感じだ。
無心でキーボードを打ち続けレポートを仕上げると、拓也が「はやっ」と驚いた顔をする。
今日はこのままバイトだ。最近はあそこでも前みたいにバッタリ出くわさないように、目立たない別の道を通っている。少し遠回りだが、仕方ない。
「ごめん拓也、そろそろバイト」
「お、今日も?詰め込んでるな」
「まあな」
家にいるのが嫌だからだ。いつ恵理子という女の人がやってくるかわからない。実際、恵理子が悪いことなど一つもないが、悔しいことに二人を見ているとモヤモヤしてしまうのが現状だ。
それが何か、わかっている。でもだからって何かできるわけでもない。できるわけがない。
だから、千秋はまた逃げることにしたのだ。
バイトが終わって帰り道。帰りにコンビニに寄る、これが最近の日課になっていた。
自分で言うのもなんだが、俺は普段、かなり規則正しい生活をしていると思う。
しかし、「今日はコンビニでいいや」というところから始まり、最近はずっとコンビニを利用している。コンビニの食べ物っておいしいんだよな…と改めて思ったわけだ。
でも最近、寝つきも悪いし、体もなんだか重い。
普段しっかりしている千秋がこうまでなったのも、やはりあの全てをぶちまけたあの日が関係していた。
ただ英司に不満や文句があってこうなっているわけではない。
それよりも、自分が心に秘めていたことをああも簡単に、たとえ英司相手であっても、怒りに任せて口走ってしまったことにショックを受けていたようだ。
いや、自分でも意味がわからない。これはあとで気づいたことなのだ。
もちろん、「許さない」と長年根に持っていたんだと思われるのが嫌なのもある。
しかし、あの「許さない」と密かに勝手に思うことは英司と自分をつなげる、たった一つの手段だった。
それを本人に言ってしまうと、謝るなりなんなりと、アクションを取られてしまう。そしたら、「つながり」が消える。
でも「好き」や「恨み」では繋がれない、それで繋がればまた傷ついてしまう、いつか消えてしまう。
ここ五年、たった一つの出来事でこんなに拗らせていたのかと、それに気づいてしまった千秋は自分にドン引きした。俺ってもしかして、結構気持ち悪いやつだったのか。
きっとあの時はそれだけ英司のことが好きで、よくある二股とか浮気だとしても忘れることのできないものすごいトラウマとして、そのトラウマ感情が先行して残ってて、でも普通にずっと怒ってもいたわけで、さらに「許さない」ことで利用した。
……認めよう。千秋は英司を完全に忘れたくなかった。でもほとんど忘れたかった。
もういっそ、俺は自分をここまでおかしくさせる彼のことが嫌いなんだ。そう思っていたこともある。今でも思っているけど、やっぱりなんか負けた気分だ。
でも誰かが言っていたような気がする。好きと嫌いは紙一重だって。いや、聞き間違いもしれない、ただの対義語だ。
しかし、英司が目の前に再び現れてから、そのバランスは崩れてしまった。
どんどん近づいてくるし、逃げもできない、俺を困らせる。でも、それがなぜか嬉しい。でも、悔しい。このたった数ヶ月、ずっとそれの繰り返しだ。
でも、柳瀬さんのこと怒らせちゃったし、どっちにしろもうだめかな。
頭がふわふわとする。地面の硬さを感じない。
なんか今日、俺おかしいな……今まで、ここまでは考えたことなんてなかったのに。
俺、エレベーター乗ったっけ?記憶ないな。
ああ、でも柳瀬さんの家だ。
いつも帰る時に前を通らなきゃいけないから、緊張するんだよな。
柳瀬さん、今日もまだ帰ってきてないのかな……
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