23 / 75
つながりを求めた(3)
しおりを挟む自分のアパートに戻ると、エレベーターが2階で止まっていた。千秋と同じ階だ。もしかして柳瀬さん、と考えが過ったが他にも住人はいる。
結局、相変わらず人気のない英司の家は素通りし、千秋は部屋でアイスを食べていた。
そろそろ暑くなってきたから、食べたくなって帰りに買ってきたのだ。
……そういえば、柳瀬さんにもらった大量のお菓子もあったな。まだ食べきれていないが、毎日ちょこちょこ食べている。
先日、英司がそれらを持ってきて、一緒に食事をした日を思い出す。
……なんで、あそこまでできるんだろう。
千秋はずっと、英司のことを許し難い二股最低男だと思っていた。しかし、しっかりしろ自分を律することもしばしばだが、最後の最後には英司のあの眼差しに流されてしまっている。
許容範囲が着々と広められている。そこは、認める。改めて思うと嫌になるほどだ。
自分にここまで構うのは、昔逃してしまった恋人をただ都合よく取り戻したいからだとか、他にも色々と考えは出てくるが、何が正解かわからない。
あの態度を見ていると、本気なのかと思ってしまいそうになる。しかし、後からハッとするのだ。昔のアレを見ているからこそ、そうとは簡単に思えない、思えるわけがない。でも、最近はそうやって我に返ることもだんだん怪しくなっている。
もしかして、二股をしていた時は、二人に対して同じくらい本気で全く悪気はなかったという可能性もある。
いや……それはそれで理解が及ばなすぎて受け入れられないな。千秋は自嘲気味に笑いをこぼした。
アイスを食べ終わり、棒を捨てに行こうと立つ。
その時、壁の向こう側から、何かが落ちる凄まじい音が聞こえてきた。
バサバサバサッ、ガタッ、……バタンッ
驚いて慌てて壁に耳を当てたが、その後はシーンとしているだけで、何の音も聞こえてこない。
……待て、最後の音、もしかして人間が倒れる音か?
考えれば考えるほどそんな気がしてくる。千秋は最初に英司が家に来た時のことを思い出した。あの時、彼は空腹で倒れた。
背筋がスーッと凍る。今度は空腹どころじゃないかもしれない。なにせあの人は不安定な生活をしている。体調を崩して、もしかしたら重症の可能性だってある。
千秋はすぐに家から飛び出て、英司の家へ走った。
インターホンを鳴らしたが、反応がなくて焦る。
ええい、近所迷惑だけど緊急事態なので仕方ない。ここから呼んでみる。
「柳瀬さん、柳瀬さん!柳瀬さんー!」
……どうしよう。本当に中で倒れてるのか?そもそも英司が倒れた音ではない可能性もあるけど、ここは最悪を考えて動くほかない。
ダメ元でドアノブに手をかけると、抵抗なく回る。
空いてる……。不用心すぎないか。もしかして泥棒…と一瞬頭によぎったけど、千秋は急いで中に入った。柳瀬さんも前むりやり部屋に入ってきたし、これでおあいこだからな!
ドタバタと中を進むと、一番奥の部屋のド真ん中、仰向けになって大の字で倒れている英司がいた。
「や、柳瀬さんっ、大丈夫ですか!」
こういう時むやみに揺らしたりしたらダメなんだっけ。なけなしの知識を振り絞って、耳元で柳瀬さんの名前を呼んだ。
口元に近づくと、息は普通にしていた。ひとまず安心した。外傷もないし、周りには本が散らばっているけど、どういう成り行きで倒れたのかわからない。また空腹か、疲労か、頭でも打ったか。
呼んでみても全然起きないし、救急車を呼ぼうとしたが、そのとき英司が目を覚ました。
「ん……」
「柳瀬さん!」
起きたら千秋が上から覗き込んでいて、彼は驚いたようだ。
「え……なんで高梨がいるんだ」
「すごい音が聞こえてきたから、柳瀬さんが倒れたかと思って、急いで見にきて……」
見た目平気そうな英司にホッとしつつも、それを隠すように捲し立てた。
「そうか。悪い、心配かけて」
「いえ……大丈夫なんですか?」
「ああ、本取ろうと思ったら一気に落ちてきて、避けるためにしゃがみ込んだんだけど、気づいたら寝てた」
つまり、疲労で寝落ちしたってことか。じゃあよかった……とはならないが、疲労も溜まればとんでもないことになりかねない。
……医学部の英司なら、千秋よりもわかっているとは思うけど。
英司は徐に立ち上がると、パンパンと埃を払うように服を叩いた。
0
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説
観念しようね、レモンくん
天埜鳩愛
BL
短編・22話で完結です バスケ部に所属するDKトリオ、溺愛双子兄弟×年下の従弟のキュンドキBLです
🍋あらすじ🍋
バスケ部員の麗紋(れもん)は高校一年生。
美形双子の碧(あお)と翠(みどり)に従兄として過剰なお世話をやかれ続けてきた。
共に通う高校の球技大会で従兄たちのクラスと激突!
自立と引き換えに従兄たちから提示されたちょっと困っちゃう
「とあること」を賭けて彼らと勝負を行いことに。
麗紋「絶対無理、絶対あの約束だけはむりむりむり!!!!」
賭けに負けたら大変なことに!!!
奮闘する麗紋に余裕の笑みを浮かべた双子は揺さぶりをかけてくる。
「れーちゃん、観念しようね?」
『双子の愛 溺愛双子攻アンソロジー』寄稿作品(2022年2月~2023年3月)です。
聖女よ、我に血を捧げよ 〜異世界に召喚されて望まれたのは、生贄のキスでした〜
長月京子
恋愛
マスティア王国に来て、もうどのくらい経ったのだろう。
ミアを召喚したのは、銀髪紫眼の美貌を持った男――シルファ。
彼に振り回されながら、元の世界に帰してくれるという約束を信じている。
ある日、具合が悪そうな様子で帰宅したシルファに襲いかかられたミア。偶然の天罰に救われたけれど、その時に見た真紅に染まったシルファの瞳が気にかかる。
王直轄の外部機関、呪術対策局の局長でもあるシルファは、魔女への嫌悪と崇拝を解体することが役割。
いったい彼は何のために、自分を召喚したのだろう。
その空を映して
hamapito
BL
――お迎えにあがりました。マイプリンセス。
柔らかな夏前の風に乗って落とされた声。目の前で跪いているのは、俺の手をとっているのは……あの『陸上界のプリンス』――朝見凛だった。
過去のある出来事により走高跳を辞めてしまった遼平。高校でも陸上部に入ったものの、今までのような「上を目指す」空気は感じられない。これでよかったのだと自分を納得させていた遼平だったが、五年前に姿を消したはずの『陸上界のプリンス』朝見凛が現れて――?
※表紙絵ははじめさま(https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/830680097)よりいただいております。
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる